じーわじーわともはや聞き飽きた蝉の鳴き声から逃げるように私は前の席に置いてあったイヤホンを耳につけた。勝手に拝借したウォークマンの持ち主である丸井ブン太の髪色と同じ赤色のそれを適当に弄っていると流れてきたのは大分昔の、確か私が小学生くらいの時に流行ってCMにも使われていた気のする曲だった。昔は流行りに便乗して好き嫌い構わず色々と聴いていた私だったからこれも何となく覚えている。曲がすごく丸井っぽかった。彼が聴きそうというか、曲の雰囲気がもう丸井ブン太そのもの。
ちなみにその丸井はというと、この蒸し暑い教室に耐え兼ね数分前に冷たいものを求めて教室を出て行った。多分そろそろ戻って来る。そもそも私と丸井が何故ここにいるのかと問われると、別に理由はなかったりする。偶然お互い部活が午前だけで、そんでたまたま私が教室に忘れ物を取りに行こうとしていた所に丸井が通り掛かっただけだ。そうしたらいつの間にか我が3Bに居座る形に収まった。暑いけど。
別に聴くわけでもなく曲を流していると、3曲目にさしかかるところでやっと丸井が戻って来た。
借りてるよとウォークマンをちらつかせてから、ボタンがみっつ、外されている彼のワイシャツに視線を移した。いや、移したというより自然にそちらに向かった。引っ張られるかの如く。はだけてる。そして若干濡れて透けてる。


「夏は卑猥な匂いがする」


丸井から差し出されたアイスをかじって呟いた。ウォークマンはもう彼に返すことにする。それを受け取った丸井は、しばらくウォークマンに目を落としていたが、私が同じ言葉を繰り返すと、視線はそのままで彼は「あー夏は露出狂増えるっつーしな」とケラケラ笑ってみせた。少しだけむっとする私ははだけた丸井のシャツを指でついた。


「へえ、アンタとか?」


今度は丸井が顔を上げた。一瞬驚いたように丸い目を更に丸くしていたが、すぐに挑戦的な視線に変わる。口元が孤を描いた。うわえっろー、なんて。私は気にしない。ああ、丸井って卑猥。そしてそんな丸井が好き。「俺に触ると火傷するぜ」は少しばかりアホに聞こえるが、女はそんなような危険な男に弱いことを、私は知っている。いや、私だけ?
つーか何でワイシャツ濡れてんの、私が問い掛ければ丸井は外を指差す。外を見ると、ホースでグラウンドに水巻きしている生徒がいた。さしずめ頼んで水をかけてもらったんだろう。


「てかこれだけで欲情するとか、さん」
「何ですか」
「変態かよ」
「悪かったな」


横に座る丸井の椅子をガッと蹴って、彼の手からウォークマンを奪った。何すんだよと言いたげに眉を潜め返せと訴えてきたが気づいてないフリをする。そして先程私が流していた曲をかけてやった。ウォークマンを見つめる丸井。「あな懐かし」何故古典。
彼はこの曲が好きだったのか、別の曲に変えようとはせずに、その歌詞を口ずさみ始めた。相変わらず歌うま。アイスが溶けかかっていたから一気に食べ切ると、私はあのさあと口を開いた。


「この曲、すごく丸井だと思う」
「は?意味不明」
「だから、丸井なの。丸井っぽいの。歌そのものが」
「俺…ねえ。漠然としてるっつーか、…例えば?」


例えば、…え、例えば?
上手く言えないけど、この歌はチャラ男の歌っぽい。女を両サイドに連れて、つまり女たらしで。でもただのチャラ男じゃない、丸井みたいな。うん、やっぱり丸井。私が言いたいのは、丸井をモデルにした歌に聴こえるってこと。そんなわけないけど。私が苦笑して、丸井の持ってたコンビニの袋にアイスの棒を突っ込む。俺たらしかよ、丸井も笑った。「違いねえ」
ほら、丸井ブン太は女たらし。


「女と遊んでばっかで、海でトロピカルジュース飲んでそう。あ、丸井ってトロピカルって感じ」
「ふは、トロピカルて。意味わかる?トロピカル」
「熱帯的、でしょ。でも丸井トロピカルって言葉似合うもん」
「そらどーも」
「…そんでこの曲のトロピカル男は卑猥女を連れてるんだ絶対」
「ばーか」


ぺしんと軽く頭を叩かれ、その場所が熱を持った。いや、痛くてじゃなくて、丸井が触れたから。


「…やっぱ丸井ブン太は麻薬です」
「…何、さっきから俺は曲だとかトロピカルだとか。今度は麻薬かよ」
「だってハマったら抜けられないんだよ。ほんとやっばいからアンタ」


丸井は食べ終わったアイス棒を落とした。今までに見たことがないポカン顔だ。アホ面過ぎて笑えたけど、私は笑わなかった。というより、笑う前に、丸井が私の首と頭の後ろに腕を回して引き寄せたから。唇を押し付けられる。侵入してくる丸井の舌をそのまま受け入れた。アイス食べたからかな。舌、冷たい。
唇が離れて丸井はすぐにケラケラ笑い出した。


さー、お前どんだけ俺が好きなの」
「え、襲いたいくらい?」
「ははっ!おま、やっべー!」


好きなだけ笑えばいい。ほんとの事なんだから。滲む汗をタオルで拭い、そっぽを向いていると、ふいに耳元に息がかかって肩を揺らした。


「いいぜ。だったら、俺が天才的に甘い恋ってやつを教えてやっても」





すり抜けた夏
(好きすぎておかしくなりそう)

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memoにも書きましたが、ロコローションって「女たらしの丸井」そのものな気がして書きましたが。
話の中で丸井達が聞いてるのは勿論ロコローション。私好きですよ、この曲。

自由を愛するハードボイルドボーイ。…ハードボイルドって何。

110817…→ 天宮
TITLE BY 家出様 proof of the dog