「ねえー」 ゆさゆさ、と私の斜め後ろの席で眠りこけている丸井ブン太の肩を揺らす。私と丸井以外誰もいない放課後の教室では丸井の寝息がよく聞こえた。(ぐーすか寝やがって…) 日直である私と丸井は日直の仕事である日誌を放課後までに書かなければならなかった。しかし何分お互いめんどくさがりやだから結局放課後までには書き上がらなくて、というか日誌を開いてもいなくて、担任に書き上がるまで部活には出るなと言われる始末。 まあ私は帰宅部だからどうってことないけど、丸井はあの有名なテニス部だ。私にしては珍しく、気を利かせて私が仕上げると言ったのに、丸井はどうせ部活サボるし、なんて残ってくれた。…が、いつの間にか寝てるし。だったら部活行ってくれた方が良かった。 「ねえ、書き上がったんだけどー」 …起きないし。 丸井をこのまま放っておいて帰るわけにもいかないしなあ。彼の机に顎を載せてガン見してみるが起きる気配なし。 息をついた私は窓の方に視線を移す。窓が閉まっているにも関わらず、真田君の怒鳴り声がよく聞こえてつい苦笑した。サボって平気なんだろうか。 丸井の隣の席を引いて腰かけた私は、…まあ、と口を開いた。 「起きなくてもいいですけど」 でも丸井、真田君に怒られちゃうよー?と聞いてるか分からないけどそう続けてみる。 私としては起きて欲しくないんだけどね。あ、眠り続けられるのも困りますけど、ぶっちゃけた話、私、丸井が好きだし。一緒に日直とか嬉しかったし、今こうしてるのもなかなか良い。 そろりと手を伸ばす私は丸井の髪に触れてみた。赤い。じゃない。綺麗。 「傷んでないね、うらやましいよ」 一人で喋ってる私は虚しい。でもここまで喋ってんだから丸井は起きててもおかしくない。まあ実際は顔上げてないし、黙ったままだけど。 「あのさ、丸井。起きてんでしょ?」 「…」 「寝てますか、いや、シカトの可能性も」 「…」 絶対起きてそうなのにここまでだんまりを決め込まれちゃ悲しい事この上ないよね。 丸井の髪から手を退けた私は彼の座る椅子を軽く蹴飛ばした。 「私、は髪が綺麗で傷んでない丸井ブン太が好きですよー」 はい、しーん、みたいなね。 適当そうに見えて実は結構頑張ってたりする今の私の告白は無残にもさらさらと教室に溶け込んでいって、何事もなかったかの様に静寂を保ち続けていた。 「…え、マジで寝てる?」 ガタンと立ち上がる私は丸井に耳を寄せる。確かに寝息が聞こえた。これってフリじゃなくて、マジ寝? 一世一代の私の告白(多分)は悩んでもらうどころか聞いてすらもらえてなかったわけだ。 「…おぉう、虚しいな私。落ち込むなよ私」 まあ今の失態は、(今となってはもはや失態は、)私にしか聞かれてないということで良かったじゃないか。 つまり今のはなかった事にできるよ。プラス思考で行こうぜ。 「…にしても、お前罪な奴だな」 「…」 「丸井の事好きな子なんてもっといるだろうに、今みたいに君の知らない所で恋が散ってくんだぜ。可哀相じゃないか、特に私が」 日誌にも書いておこう。丸井は罪な男です。カッコ現在進行形で、カッコとじ。 「罪な男だって書いちゃったからな。お前は明日から先生に罪な男と呼ばれるんだぞ」 「…」 「…さっきから私虚しい過ぎるよ、何してんだろうね、うん。丸井起きてなくて良かった」 「…くっ」 「…は?」 ククッとくぐもった笑い声が聞こえたと思えば丸井が顔を上げて、けらけら笑っているじゃないか。私はポカンと口を開けて丸井を見つめる。 ってやっぱ変な奴!とか我慢してたのに笑わせんなよ!とか勝手な事を言う彼は、しばらくお腹を抱えて笑っていたが、満足するとニヤリと口元を歪めて私を見た。 「…起きてたんすか。乙女の心の声に聞き耳立てるとか悪趣味っすね」 「一人でべらべら喋ってたお前が言うなよ」 「…」 これは私の分が悪いぞ。日誌と鞄を持った私は立ち上がりその場を立ち去ろうとすると、ちょっと待てと腕を掴まれた。うわあ、どうしよう。 私は恥ずかしさで振り返れなくて、背を向けたまま黙っていると、丸井はこっち向けよ、なあ?なんて私に投げ掛けてきた。 「…いや、無理」 「いいから」 「むりすいません今の忘れ、っ!?」 ぽすりと丸井の方に背中から倒れてこんで、かと思えば後ろから顎に手を回された。 強く唇を押し当てられた私は、唇が離れた後も丸井を凝視してたら、彼はふっと笑った。綺麗な笑い方するなあと思った。 「お前の恋が散るって事は自動的に俺の恋も散るわけよ」 「…は?」 「だから、実際振られてもいないのに勝手に自分で終わらせんなって」 意味分かる?そう問われた私の頭はすでに真っ白で、口が勝手に…全然、と答えていた。 「ばかだな」 やっぱり丸井は綺麗に微笑んでもう一度私の口を塞いだ。 ゆるやかにふかく (つーか最初から起きてたし) 110329>>KAHO.A) |