その時の私は酷く落ち着いていたと思う。腹が立ったとか、驚いたとか、そんな感情の前に、やっぱりなあという納得感と妙な安心感が私の心を満たしていた。

ただ一つ恐ろしかったのは隣にいる切原赤也少年がぶちギレるんじゃないかということ。不安になって彼をチラ見すると彼は普段よりも冷静な表情をして、何故か私を見つめていた。
私は再び前に顔を戻すと、そこにいた私の彼氏である丸井先輩は少しだけ焦ったような表情を見せる。そんな彼の腕の中の女はものすごく色っぽい顔で喘いでいた。
ついでに言ってしまうとその女というのは切原少年の彼女である。(多分、)

つまり完全なる浮気というやつだった。


「これ、は、」


女の荒い呼吸音だけが占拠する放課後の教室にやっと丸井先輩の声が響いた。はあ、と答えてみる。しかし先輩から言葉が返ってくることは無かった。ノープランかよ。言い訳は思い付いてからにしてほしい。
私にも部活というものがあって、たかが忘れ物を取りに来ただけで時間を食うわけにはいかない。このまま先輩と対峙していても仕方がないので私は教室へ一歩、足を踏み出した。


「あーあったあった」


机の横にかけておいた袋から水筒を出した私は丸井先輩の前を通って廊下に出ようとする。おい、と先輩が私を呼び止めた。私は足を止めたが見つめた先に捕らえたのは丸井先輩じゃない、女の方。


「あの、そこのお方」
「…は…、わた、し?」


随分息が上がってらっしゃる、というのは言わずにそうです貴方ですと頷く。彼女は確か私の隣のクラスの子で、美人だと有名な子だった。
丸井先輩の腕になお抱かれながら彼女は勝ち誇ったような表情を浮かべて何?と首を傾げる。嫌な女だなあマジで。私と丸井先輩が付き合ってるの知ってる癖に。
今更なのかもはやよく分からないけど、少しづつ腹が立ってきてわざとらしく私は息を吐いた。


「丸井先輩って糖分の塊だからキスしたら糖尿病なりますよ」


ぶはっと後ろで笑い声が聞こえた。切原少年だった。はて、そう言えば彼は何をしに来たんだろうか。廊下でばったり会った時は彼も忘れ物とか言ってたけど取らないのかな。


「あ、それだけですんでじゃあ。末永くお幸せにー」


水筒をぷらぷら振りながら廊下に出るとクルリと振り返り相変わらず固まっている丸井先輩を見つめた。なかなかかっこよく見えた先輩が今は結構普通の人に見えた。


「さよなら丸井先輩」


映画の、(…はちょっと言い過ぎか)漫画のワンシーンみたいに後ろで「ちょっと待てっ」とか聞こえたけど私は待たなかった。どうせ丸井先輩は口で待てと言っても追いかけはしないだろう。追いかけるくらいの人なら浮気はしない、はず。
その代わり私を追いかけてきたのは切原少年だった。彼はニコニコしながら私の隣に並ぶ。


「いやー笑えた」
「え、どこが?」
「んー全部?つかアンタが?」
「へえ」


どうでもいいなあ。ていうかテニスコートは逆なのに何でついて来るんだろう。


「俺さ、何となく浮気されてんのわかってた」
「はーん」


私もだよ。でもあえて言わなかった。浮気されても、やっぱり丸井先輩が好きだからとかそんなんじゃないし、言うのが悔しいからでもない。


「私、何とも思って無かったから」
「は?」


丸井先輩の事は、好きでも嫌いでも無かったから、浮気されてもなんの感情も抱かなかった。まだ友人の彼氏が浮気したとかの方が感情移入できるかもしれない。そんくらいどうでもいい存在だった。丸井先輩は。
切原少年は私の思っていることが分かったようで、それは俺もだしと口を開く。へえ。


「あのさあ、」
「はい?」
「俺ああいうナメたマネされんのマジ嫌いなわけ」
「はあ」
「仕返ししたくねえ?」
「別に」


私はそう言ったのに。そう言ったのに、よし、じゃあ仕返しだなんて切原少年はやる気満々のようだ。まあ良いけど。
仕返しってどんなことするんだねと尋ねてみると彼は急に私の首の後ろに手を回して自分の方に引き寄せた。近いなあ切原少年。


「良く聞けよ」
「うん」
「俺と天乃が付き合う」
「うん」
「見せつける」
「ああ、」
「終わり」
「ジエンド」
「そう、ジエンド」


何かおかしな子だなあ、と思いつつもう一度ジエンドかあと呟く。
やるだろ?なんて彼は私を見つめたから軽く頷いてしまった。それと同時に切原少年に思い切り口を塞がれ私はじたばたと暴れる。だってここ外だよ、校庭だよ。こんな所でキスなんかしたらあっと言う間に皆に、


「それが狙いなんだって」
「ああ、なるほど」


それなら丸井先輩達の耳にもすぐに入るよね。
納得した私は彼の首の後ろに手を回して唇を押し付けた。
そしてすぐに仕返しは成功することになる。







ラストに重ねて
(言ってしまえばお互いを好きになるのもすぐだった)

( いつの間にか落ちてる恋 // 110502 )
なんとなんと、敬愛して止まない相互様である向日葵さん宅が3周年を迎えられたということで、無理やり夢を捧げさせていただきました(うわー迷惑だー)^^
いやあ、めでたい!これからも素晴らしい夢を生み出し続けていってください!
TITLE BY 家出

記念:向日葵さん宅3周年記念。煮るなり焼くなりどうぞ!