しとしとと穏やかな雨が、重たい灰色の曇り空からグラウンドへと降り注ぐ。今の私の心はとてもしんみりしていて、正直涙でも流したいとさえ思っていたが、雨が私の代わりにさめざめと泣いているように見えて、だから私は我慢することにした。そうして窓につく水滴を眺めながら、右頬を机にぺったりとくつけて私はため息を一つ零す。 「失恋した」 「おん」 私の目の前の席に座っていた白石が私と同じように外へ視線を外しながら静かに頷いた。彼の手元には英語のテキストが開かれている。真面目に勉強しているわけではなく、手すさびに出しているのだろう。 左隣の謙也はと言えば、彼は何とも言えぬような難しい面持ちをして、ただだんまりを決め込んでいる。私に何と声をかけて良いか分からないのだろう。どんな言葉なら私を傷つけることはないかと。彼はいつもそうだった。優しい奴めと私は再び窓の外へ目を移した。 今日、私の恋心は死んだ。 相手は優しい男の子だった。優しくて、運動もできて、それでいて頭も悪くなかった。まるで漫画のような子に、らしくなく漫画のような恋を思い描いていた。しかし調子に乗っている女の子とは怖いもので、相手と少し仲良くなり始めると、すぐに相手も自分が好きなのではないかと期待を始めてしまう。その自惚れた勢いで、つい先ほど告白し、見事に玉砕された。 夢から覚めたようにふわふわした思考が冴え始めて、すぐに何も考えられなくなった。そうして気付けば帰りがけのこの二人を捕まえて、教室に引きずって、この調子だ。 「、いつまでも落ち込んでんと、明日の英語の小テストの勉強でもしたらどうや」 「白石お前なあ、もうちょっとかける言葉とか、」 「テスト、危ないんとちゃうん?謙也」 「ぐ、」 その言葉と共に、白石がこの湿っぽい空間を切り開いた。まるで落ち込むのはお終いだと言うように、彼の手の中のテキストが存在意義を発揮し始める。「本物の現実」に引き戻された気がして、うへえ、と眉をしかめると、私はヤケになってテキストとノートを引っ張り出した。白石が真面目に英単語を書き出し始めるその音と、彼の姿を見た途端、私もなんだかそうしなければいけない気がした。青春真っ只中でも、私達は学生だから。 私はものぐさにも体勢は変えずに、ノートへ単語を書き取って行った。面倒だったが、しかし奇妙な感覚でもあった。胸の空くような思いがした。そうしているうちに、とうとう謙也もテキストを広げ、隣からものすごいスピードでシャーペンの走る音がし始めた時、白石が小さく笑ったのが分かった。 「確かになんもかんもハイスペック過ぎやんなあ」 「…は?」 一瞬、何のことを言っているのだろうと私は顔を上げた。しかし彼の表情から、私の落ち込む原因になっていたあの男の子の事だと気づいた。勉強へ意識を持っていかせたくせに、今更その話をするのか。なんという時間差。「んなの知っとるわ」短く答えてシャーペンを握り直す。 「身の丈にあってへんがな。次はもっと平凡で…、そう、平凡な顔にしとき」 「何や平凡な顔て。どないな顔?謙也みたいな奴か」 「ォオイコラアア!誰が平凡な顔じゃああ!俺が何したっちゅうねん、真面目に心配しとったのにその言い草は何や!」 「うるさ…」 いや、平凡って言うたの白石やしね、とペンの先で白石を指す私に、謙也はぎぎぎ、と私の耳を引っ張ったのだ。いたたたた。「名指ししたのはお前やんけ」まあ、確かにせやな。 「いやでもなあ謙也、細かいこと気にする男はモテへんよ、なあ白石」 「細かいこと!?これ細かいんか!」 「あと無駄のある奴もあかんで」 「なあ、私それずっと思ってたんやけど、白石にとっての無駄の無い奴って何。裸体?」 「あほ」 私の台詞に、謙也が吹き出す。それでようやく掴まれていた耳が解放された。そんな中白石の呆れた視線が私を捉える。くだらん事ばっかり思いついて、とでも言いたげな様子だった。ちくちく言われる前にさっさと勉強に戻ろうかと私はテキストへ目を落とした時、「ちゅうかお前、ホンマに落ち込んどるんか」ひとしきり笑い終えたらしい謙也が私を覗きこんだ。「まあ」 「まあって、励ます気失せるんやけど」 「あーええねん、ええねん」 「…ん?」 「そういうことせんでええねん」 「は?」 励まして欲しくなかったのか、それでは何故呼んだのかと、謙也の顔にはそう書かれていた。私は頬杖をついて、ぼんやりと雨の音に耳を済ませて、それから目を伏せた。 私は今まで二人に何かを求めていたことはなかったように思う。それはきっとこれからもそうだ。私は別に二人に何かして欲しいわけではなかった。強いて言うならば、ただそこにいればいい。 「なんて言えばええんやろ。…あー…二人はさ、私のそばにいる理由とか、意義とか、そんなん必要ないねん。そないなものなくてもそばにいてええて、そう、私が二人だけに許してる」 二人は励ますためにここにいるわけではない。だから励まさなくていい。彼らは何もしなくてもいいのだ。いればいい。 思いついた言葉を並べるように、不器用に説明をすると、謙也は少し照れ臭そうに頭をかいて、それからまた光速でペンを動かし始めた。…動きが早すぎて気持ち悪いねんけど。 「ちゅうか何照れてんねん」 「て、照れてへんわ!」 いや照れてるし、とはあえて言わずに言葉を飲み込んで、私はちょっぴり嬉しそうな二人の顔を眺めて心の中で小さく謝った。自分のこんな下らない話に付き合わせてしまって、今更に罪悪感が湧いた。 きっとまたこうして彼らを振り回してしまう時が来るのだろうけど、私は彼らの生み出すゆるやかな空間が好きだった。何でもかんでも重いものは全部肩から落ちていく気がした。この二人のそばでは楽に呼吸ができる。心地よくて、楽だった。 私はペンを放り出してそのまま机に伏せると、白石と謙也の名前を呼んだ。 「あんなあ、二人とも」 「ん?」 「きっとハイスペックヒューマンは私とは住む世界が違うて一緒にいても居心地悪いねん」 「ほー」 「せやから私、身の丈に合わせて今度は白石と謙也を足して二で割ったみたいな人に、恋することにする」 私がそう言うと、二人は互いに顔を見合わせてから、「なんやそれ」なんて吹き出したのだった。 酸素と彼らの関係性について (Oが2つあるから酸素になって、そしてヒトは生きていくための呼吸ができるでしょう?) (それって、君達2人と、その2人がいないとダメな私に似てるね) ( 親友ってそういうもの // 140211 ) レトリックブルーを気に入ってくださったももさんにこっそり捧げます。 3-2の友情がお好きとおっしゃっていたのですが、気に入っていただければ幸いです。 プレゼント : ももさん |