夕日が私と幸村君の背中を照らし、二つの影がアスファルトへ落ちる。夕暮れ時の陽の光はそれなりに暖かいものの、風は刺すように冷たく、私はマフラーに顔を埋める。頭上で鳴くカラスの声が私をしんみりした気持ちにさせた。


「真田の怒りんぼ」


今日の部活で、私は真田に怒られてしまった。足元の小石をひと蹴りして頬を膨らます。隣で幸村君が小さく笑ったのが分かった。「でもまあ、自業自得じゃないか」正論であるので、私も彼の言葉に言い返しはしない。しかし腑に落ちないことも確かであった。ただ少し丸井や赤也とふざけていただけだと言うのに。
元はと言えば試合を終えた丸井と赤也が肩にジャージをかけて幸村君の真似をしたのが始まりだ。きちんとマネージャー仕事をこなしていた私を巻き込んだのは紛れもなくあの二人なわけで。いや、私も二人に呼ばれて一緒にふざけてはいたけれども。
それから私達三人のモノマネ談義はヒートアップし、丸井が真田の真似をし出した時についに雷は落とされた。「練習中に何をしている!」なんて。真田は女の子の私にも容赦無くゲンコツを落とすし、大勢の前で怒るから注目を浴びるし散々である。


「そもそもどうして達は俺達の真似なんてしてたの」
「いや、今日さ、幸村君のオーラが半端なかったから」
「俺の?」
「なんていうか、物々しいと言うか、近づいたら五感を全部持って行かれそうな感じ」


だから赤也がそんな幸村君を見て、ふざけ始めたのである。彼の物々しさには到底及ばないし、全然似ていなかったけれども。私の話を聞いて、顎に手を当てて首を傾げていた幸村君は、しばらくしてああ、と声を上げた。「寒かったからだよ」と。


「肩ジャージが寒くてね、弱音を吐かないように気を張っていたんだけど、多分それじゃないかな」
「寒いなら普通にジャージ着れば良いのに…」
「一番落ち着く形なんだよ。それにこれは俺のアイデンティティだしね」


幸村君はおどけてそう言った。その表情が不覚にも可愛いと思ってしまった。彼は普段から他人と違う雰囲気をまとっているし、いつだって、私達の一歩も二歩も先を歩いているような、尊敬できる存在だけれど、時たまこんな風に子供のような表情をする。そんな時、幸村君も私達と同じ中学生なのだなと彼をとても身近に感じるのだ。
ほわりと笑う幸村君の横顔を見ていたら私の胸も温かくなった気がして、釣られて口元を緩める。しかしそれをすぐに冷やすように乾いた風が私達の間を駆け抜けた。


「わああああ」
「寒いね」
「もう嫌だどこでもドアアアア」
は何かあるとすぐにそれ言うよね」


暖を求めて苦笑する幸村君のコートのマフラーの中へと手を突っ込むと、彼はコラ、と私の頬を抓った。冷たい痛いごめんなさい!幸村君の首は暖かかったです。でも寒くて私はもう一歩も歩きたくないよ。どこでもドアアアア。とうとう寒さに我慢できなくなった私はその場にしゃがみこむと、幸村君も困ったように目の前にしゃがむ。「もう、」「幸村君どこでもドア出して」「出せないよ」私の我儘に途方に暮れる幸村君には申し訳ないけれど、本当に寒くてやっていられない。
…困ったなあ、腰に手を当てて立ち上がった彼は、何か無いかとか周りを見回して、それから不意に私を呼んだ。


「そう言えば今日はコンビニのおでんが安くなってるってブン太が言ってたね」
「おでん!?」
「行く?」
「行く!」


じゃあ行こうか。そう笑った彼の顔はとても優しかった。まさか幸村君と寄り道できる日が来るなんて思いもしなかったので、駄々をこねてよかったのかも、なんて思ったのは秘密だ。

そうして私はおでんに釣られて近くのコンビニに飛び込んだ。大根と、卵とちくわとじゃがいもと。好きなものをたくさん入れてもらい、近くの公園へと向かう。
もう日も落ちかけているので、公園には子供の姿は見えず、私達はとりあえずはベンチに腰を下ろした。


「俺、おでんを食べるのは久々だよ」
「そうなの?私は丸井達と結構コンビニ寄るから割と食べてるよ」


蓋を開けると、ほわほわと湯気が視界を遮り、すぐにおでんのつゆのいい匂いが鼻腔をくすぐる。味の染み込んだ大根をかじると、じゅわりとつゆが溢れ出した。ぶわあああ美味しい!そんな風に一人おでんに大騒ぎする横で、幸村君は何故か先程の言葉から黙り込んでしまっていた。気になって彼をちらりと伺うと、彼はじっと私の横顔を見つめている。その一瞬、私の心臓が大きく跳ねた。


「幸村君?」
はブン太や赤也と仲が良いね」
「え、あ、あー…まあ、話は合うし、今日もそうだけど一緒にふざけるならあいつらって言う感覚があるから」
「そっか」
「でもあいつらといると、必ず怒られちゃうんだよね。既に真田に目をつけられてるから」


だから本当に例えふざけていなくとも、真田に怒られることは割とあることであるし、奴らといると、悪戯も速攻でばれてしまう。もう慣れてしまったが困りものといえば困りものなわけで。頭をかきながら、今まで丸井達に巻き込まれた話を幸村君に語って聞かせていると、その途中で幸村君は「じゃあさ」と話を遮った。


「俺のそばにいなよ」
「え?」
「俺の横にいれば真田は怒らないよ」
「…まあ、確かにそうかもしれないけど」


真田は幸村君だけには逆らえないような節があるし、幸村君のそばというのはとっても安心だけれど、彼の発言はある意味「俺のそばでふざけても良いよ」と言っているようなものだ。一体どうしたのだろう。いつもの幸村君らしくない。怪訝に思って、そのまま彼を見つめ返していると、彼は箸で大根をつつきながら言った。


「だってブン太や赤也ばかりずるいじゃないか」
「…幸村君?」
「あの二人ばかりと一緒にいて。俺もと仲良くしたいよ」
「…んん?ゆ、きむらく、それは」


そこまで言われて、彼の言わんとすることが何か分からない私ではない。それは、嫉妬なんではないですか?つまり、


「幸村君は、んむっ!?」


核心をつこうとした私の言葉は彼に届くことはなく、幸村君が私の口に突っ込んだ大根によって遮られた。ぐりぐりと口に押し込まれる大根を素直に咀嚼する。美味しい。
黙ってされるがままの私を見つめている幸村君は、私が大根を飲み込むのを待ってからふわりと微笑んだ。


「ここまで言ったからもう野暮なことは聞かないよ」
「…」
「だから君の中で答えが出たら、返事を頂戴」


彼はそう言って最後の一切れの大根を口に入れると、今までのやりとりはまるでなかったかのように「夕飯が入るか心配だな」なんて子供みたいに笑ったのだった。

幸村君こそ野暮なことをする。
心配しなくても私の答えはもう決まっているのにね。





3メートル先の幸福
(ううん、きっともっと近くにあるよ)



( 君の笑顔が大好きだよ // 131227 )
遅くなりましたが、幸村短編です。…私も幸村と一緒におでんが食べたい。おでんの下りを書いていてお腹がすきました。
そんなところも含めてとても書いていて楽しかったです。リクエストありがとうございました^^
tnks LUCY28
リクエスト : 綾瀬はなさん