仁王は雪のような人だと思う。それは髪の色が銀色だからとか、運動部の癖に肌が白いからとか、もちろん見た目的な理由もあるけれど、彼の纏う空気そのものが、まさにそれと同じだからだった。いつだって、雪も彼も手にしっかりと掴んだと思えばいつの間にか消えていなくなっている。
はらはらと降り出した雪をぼんやりと眺めながら、私は校門で仁王を待つ。身体はすっかり冷えていた。しかし時刻も部活動終了間際であったし、雪も降っているわけだから私は活動は早めに切り上げられるものだと踏んでいた。もちろん、その考えは雪にはしゃぎながら早速現れた丸井と赤也と、それに振り回されているジャッカルを見るに、あながち間違いではないと思う。そんな彼らは門の前で縮こまる私を見て、「仁王ならきっともうすぐ来るはずだぞ、…多分、うん多分」とやけに頼りない言葉を寄越した。
それからすぐに幸村達の姿も見えて、丸井達と同じような台詞を並べながら私の横を通り過ぎて行ったが、肝心の仁王はちっとも現れる気配すら伺えない。
実は私は仁王と約束をしているわけではなく勝手に彼が来るのを待っているだけなので、正直待たされていることに文句は言えないのだけれどちょっと遅すぎやしないだろうか。そうこう待ち続けてとうとう、奴は本当に一番最後にひょこりと姿を現した。
彼は今まで運動をしていたとは思えないほど寒そうで、豪快に巻かれたマフラーで顔が半分くらい見えない。正直少し笑えた。…違うそうじゃない。


「遅いよ」
「あれ」
「遅い」
「寒すぎて、まさか幻覚…」
「本物だよ本物」


彼のことだ。どうせ寒いからと最後まで部室でうだうだやっていたのだろう。ポケットに突っ込んでいた私の両手は思いの外温かくて、それで仁王の頬を挟み込むと、彼は目を細めて、幸せそうに小さく笑った。「確かにこれはほんまもんじゃあ」なんだか私の温度で今にも溶け出してしまいそうに見えた。彼は私の手の上に自分の手を重ねて、マフラーでもごもごしながら「…それで?」と私を見る。どうやらここで待っていた理由を聞かれているらしい。


「人肌が、恋しくなりました」
「えっ俺もしかして誘われとる、みたいな」
「違います」
「どうしよう今日家に姉貴おる」
「黙らないと叩くよ」
「この季節それは痛いのう」


違うと分かっているくせにわざとらしい反応を見せて、彼はクツクツと笑った。相変わらず意地の悪い。私は彼の腕を掴むと、彼を待っていた本当の理由を口にした。「デートしよう、仁王」予想外だったようで、彼はきょとんとしばらく私を見つめていた。


「今からか?」
「今から」
「俺寒い」
「私だって寒いよ」
「うううん」


彼はそうして寒い寒いと唸っていたのだが、それも初めのうちだけで、彼はとても自然に、いつの間にか私の手をとるとゆるゆると家とは反対方向へ進み始めた。「商店街でええんか」そう言って振り返った彼はなぜ私の行きたい場所が分かったのだろう。疑問に思ったが、そう言えば先日自分で商店街のイルミネーション見たいねえなんて机に伏せる仁王に一人でべらべら話していたのを思い出して一人で納得した。てっきり寝ていると思っていたのだけれど、そう言えば私の話はいつだって、仁王はなんだかんだできちんと聞いていてくれているのだと、そう考えると胸がほんわり温かくなった。


「…あ、そうだ。突然ごめんね」


彼も部活で疲れているだろうに、こんな形で振り回すのは正直気が引けていた。トボトボと自分の足元を見つめながら彼の答えを待つ。


「ま、俺もカイロ欲しかったところじゃし」
「カイロ?」
「人間カイロ。ちょうど俺には子供体温の彼女がおるからのう」
「…ぐ…仁王って結構性格悪いよね」
「俺には褒め言葉じゃ」


先程までの丸まった背中はどこへ行ったのか。彼は余裕たっぷりに口元に弧を描くと繋いでいた手を強めに引いて私を自分の方へ寄せる。それからちゅ、と音を立てて私に短いキスを落とした。途端にカッと顔に熱が集中し、今すぐしゃがみ込んでしまいたい衝動に駆られたが、それは仁王の手に阻まれる。彼は手を私の頬に伸ばすと「ぽかぽかぜよ」と。ほんと、意地悪だ。普通は彼女がふくれっ面になれば、大抵の彼氏は焦ったり彼女の機嫌をとったりするのだろうが、仁王にして見ればそんな表情が大好物なので、私の反応に上機嫌になって再び歩き始めるものだから敵わない。

さて、商店街はそんなに遠い場所ではないので、私達がそんなやり取りをしているうちにお目当てのイルミネーションできらめくその場所についた。冬なだけあって、時間はそこまで遅くないものの、辺りはすっかり暗い。


「…一年ぶりに見た」
「当たり前だよ。冬にしかやらないんだから」


まさかあの仁王がそこまでイルミネーションに興味を示すとは思わなかったので、ジッとクリスマスツリーを見上げる仁王を、私は見つめる。なんだかいつにも増して彼が儚げに見えて、今にも光に紛れて消えてしまいそうだ。途端に胸が締め付けられたようにほんのりと痛む。彼に会えば収まると思っていた不安が、押し込めていた不安が、ぐわりとうねった気がして、たまらず私は後ろから彼に抱きついた。突然のことに、彼が「うお、」と声を上げる。


「…いなくなんないで仁王」
「いきなりどうしたん」
「なんでも良いから、いなくならないって言って」
「いなくならんよ」


彼は私の手を外すと身体の向きを変えて、今度は私を前から優しく抱きしめた。とてもあったかくて、幸せだったけれど、やはり同時に怖くなる。馬鹿げた不安だとは分かっているけれど、私は真剣で。


「…冬になると特に不安になる」
「ん?」
「仁王がなんか、消えちゃいそうだから」
「俺が?」
「雪と一緒に」
「ぶっ」


彼には珍しく口を押さえて吹き出すと、「可愛いこと言うのう」と私の頬を横に伸ばした。仁王が笑ったって私は真剣だ。彼がひとしきり笑い終えるのを待ってから、私は頭突きをするように彼に頭を押し付けた。


「雪とは言わなくても、丸井だって、仁王はいつか学校辞めんじゃないかって心配してたぐらいだよ」
「ほう」
「…私、仁王と離れたくない。でも仁王はいつの間にか、ふらふらどこかに行っちゃいそうで怖いんだよ」
「そやのう、」
「…」
「いつかはパッと消えるかも」
「仁王、」
「でも」


さらりと、髪が梳かれた。
私はうずめていた顔を上げる。


「でも、本当にいなくなるその時はお前さんも一緒に連れて行こうかの」
「へ…」
「…お前さんはあったかいし、一緒にいて落ち着くし、見てて飽きんし…それに、手放したくないに決まってるじゃろ」


普段彼からこんなに言葉をもらえることはない。やっぱり雪や光に紛れて消えてしまいそうな彼でも、今確かに私は彼の温度を感じている。今彼はここにいるのだ。それが何より私の心を満たす。
それから仁王はそっと口を私の耳によすると、彼の低くて落ち着いた声がこう囁いた。


「一人じゃったら俺もきっと寂しいから、ずっとそばにおって」


その言葉に答える代わりに、私は彼のマフラーを引き下げて自分の唇を彼に押し当てた。仁王は少し驚いていたようだけれど、すぐに私の背中に回す腕の力が強くなる。

私は彼の腕の中、このまま仁王と消えてしまってもいいかな、なんて、思った。


ノーモアドラマチック
(劇的な物語なんていらない)(貴方がいれば、それで、)(それで、)





( 貴方となら消えてしまっても構わないよ // 131215 )
はかなげな感じで書いてみました。仁王は難しかったですが楽しかったです!いかがでしたでしょうか…!
リクエストありがとうございました!
リク : 千里さん