![]() どんなケーキを作ろう、どんなプレゼントをねだろう。きっと俺はクリスマスという言葉に気持ちが舞い上がっていたのだ。しかしよりによって彼女とのクリスマスデートをすっぽかすことになるとは思いもしなかった。 目の前で冷ややかな視線を俺に浴びせるに、俺とその付き添いに引っ張ってきた仁王は硬直する。彼女がおもむろに一歩だけ前に踏み出したので、俺はごくり、と一度唾を飲み込んだ。 はとても怒っているに違いない。それは見れば良くわかる。しかし、だ。怒る前に、とりあえず俺にこれだけは言わせて欲しい。 自分でもどうしてこんなことになったのか不思議で仕方が無い。何故なら彼女との約束を、一週間前までは確かに俺は覚えていたわけで、これ以上ないくらいモチベーションが上がっていたからである。しかしどういうわけかクリスマスを前に、舞い上がりすぎた俺の頭はメーターを振り切り、どうやらショートしたらしい。そこからなんとか立て直そうとした俺の頭は、再起動の際に約束のことを綺麗さっぱり忘れてしまったのだ。まるで全てをリセットしたかのように。 つまりだ、言い逃れをするつもりは毛頭ないのだが、これはデートを楽しみにしていたが故の結果なのである。 「ブン太は来ないし、携帯にかけても出ないから、事故にでもあったんじゃないかって、私は結構心配したわけですが」 「…ごめん」 そう、どうやら彼女は俺が待ち合わせ場所に現れないことに不安を覚えて、わざわざ俺の家まで訪ねてきたらしいのだ。その時家にいたのは俺の弟達で、彼らは俺が数分前に仁王と、赤也の家にゲームをしに出かけたということを、素直にペラペラ喋り尽くし、当然約束をすっぽかされたと知ったの怒りメーターは上昇する。ちなみに俺が彼女との約束を思い出したのは一日中遊び尽くしてすっかり日も落ちた頃で、携帯の着信履歴にぽつんとの名前が載っていたことで、俺は全てを悟った。 ああ、俺はやらかしたな、と。 それからすぐに彼女に電話を掛けたのだけれど、が出ることはなく、最終的には着信拒否をされてしまったわけで。仁王や赤也には哀れみの視線を注がれて、俺はもう黙り込むしかない。今までがここまで本気で怒ったことなんて、俺は見たことがなかったのだ。こうして携帯で謝るという手段を失った俺は直接謝ることを選んだのだが。 運が良いのか悪いのか、はテニス部のマネージャーで、クリスマスの翌日、つまり本日は部活があった。だから俺は渋る仁王を無理矢理引きずって(一人だと不安だから)、今こうして彼女の前にいる。 「あのさあ」ワントーン低いの声が聞こえた。 「ブン太は一人じゃ謝ることもできないの?」 「ほら言われたブン太」 「…あ、いや、ごめん」 「ごめんじゃなくて、できないのかって聞いてんだけど」 「できますごめんなさい」 思わず飛び出た敬語に、仁王が小さく笑った。こいつ後でシメる。俺は真剣なのだ。 思えば、俺とはこれまで喧嘩をしても、互いに本気で怒ったことなどなかったのではないだろうか。そもそも喧嘩と言えるのかも分からないくらいだ。たまに憎まれ口を叩いたりするのは俺達の挨拶のようなもので、謝らずともいつの間にかまた元通りになっていたし、そうであったから、俺は彼女に真剣に謝る、という行動意識事態が欠落していた。俺は、が怒っていることは分かっていたのだけれど「あ、昨日はごめんなー」なんてついいつもの軽いノリで第一声を発してしまったので、それが余計に彼女の怒りメーターをあげてしまったようだ。 「あー…なんつうか、本当にごめん」 「…」 「あのさ、…俺、お詫びに何でもする」 俺がそう言っておずおずと彼女の様子を伺うと、はこちらをジッと見つめて、…なんでも?と口にした。もしかしてそれで許してくれるのだろうか。俺は薄っすらと見えた希望の光に「お、おう!なんでも!」と力強く頷けば、彼女はにこりと微笑んだ。「じゃあ昨日に戻してよ」え。 「なんでもするんでしょ?時間を昨日に戻して」 「…」 「昨日の私の心配を返して」 「…ごめん」 「一人じゃ何もできない癖になんでもするなんて大口叩かないでくれる?聞いてて嫌気がさすよ」 「なんていうか本当にすいませんでした」 すかさず謝罪を口にして俺は隣の仁王の腕を掴んだ「どうしようめっちゃ怖い」「いやそんなガチな顔されてもな」仁王もお手上げなようだった。 それから俺はに謝り続けたが、防戦一方。練習にも身が入らず、真田に叱られ放題。今日ばかりは赤也以上の怒られキングの称号を手にした。今日は厄日だ。 そうして彼女の笑顔が見られることらなく、ついには部活動の終了時刻。俺はいつも以上の疲労を感じて一足先に部室へ戻ると、そこには机に伏せているの姿があった。 さしずめ部誌を書いている途中で、疲れて寝てしまったのだろう。静かな寝息だけが耳に届く。俺はさらりと垂れるその髪に、そっと手を伸ばした。その瞬間だった。 「なに」 くぐもった声と同時に、伸ばした手はいつの間にか起きていたらしい彼女によって弾かれた。重たげな瞼を擦りながら、殊更不機嫌そうな顔がこちらに向けられる。 「…いや、今日なんだかんだで一度もに触ってないよなあ、…みたいな」 「なにそれ」 「一日に一回は触らないとダメなんだよ」 「調子いいこと言ってさ」 聞くんじゃなかったとばかりには立ち上がり、部誌を棚へと戻す。「いやマジで」彼女の腕を掴むと、はキッとした表情で俺を見た。「それなのにデートをすっぽかすんだ」そう目が言っている。それに関しては俺はすいませんとしか言いようがない。しょぼくれて彼女の腕を離せば、それに代わるように「でも、」とが俺のジャージの裾を軽く掴んだ。 「…まあ、ブン太が事故にあってなくて正直安心したし、良かった、けどさ」 「…」 「…」 「…」 「…でもクリスマスはブン太と、すっごくすっごく過ごしたかったんだよ…」 「…うん」 ぽつりぽつりと語るは、ジャージを掴む力を強くする。急にしおらしくなった姿を見た俺は、あれ、何、これ天使?そんな心境である。その中でさらにぐいぐいとジャージを引っ張られてしまえば、の機嫌を損ねていることなど忘れて押し倒したくなってしまうわけで。 俺は無意識のうちに彼女の頬に指を滑らせて顔を近づけて行こうとしたわけだが、触れるか触れないかのところで腹にパンチを食らった。ぐお、良いとこ入ったぞ今! 痛みに表情を曇らせてへと視線を戻すと先ほどまでのしおらしさはいずこへ。 「油断も隙も無いな。しばらくは自分の欲望で動かないように」 「う、」 「当分は私の機嫌、とってもらうからね」 「え、」 「ああ、ところで今日寄りたいお店があるんだけど」帰りの支度を始めながらはさらにそうつけ加える。それは、俺、もう許されたってこと?あ、いや、許されてなくてもその一歩へは踏み出したって思っていいんですよね…?俺がおっかなびっくりに彼女を伺えば、挑発的に見上げられて、俺はたまらず「是非ついて行かせください」なんてを抱きしめた。 「仕方ないなあ」 ちなみに彼女はというと俺の腕の中でそう言って小さく笑ったのである。 「何あれ。あの二人結局仲直りしたの?仁王」 「知らん」 「仲直りというより、が許してあげた、という方が表現は正しいな」 「ブン太もの前では形無しじゃな」 「ッスねー」 ( 君には敵わないよ! // 131220 ) 12/20!本日サイト4周年でございます!沢山のお祝いメールありがとうございました。 とってもにやけるリクエストだったのですが、私の文章ではおいしいところが何も表現できなかった…!ああああ無念!!!それからイブのリクだったはずが、私の勘違いでクリスマス設定にしてしまいすいませんでした。直せよコラアと言っていただければ、直します!はい! ともあれリクエストありがとうございました! リクエスト : だなさん |