私はこの季節が大嫌いです。 ![]() いつもはしょぼくて大した暇潰しにもならないこの商店街も、こんな季節には一丁前に洒落っ気づいちゃって、だからこういう行事にまったく興味がないあたしが、どこにでもいる女子高生Aに溶け込みにくくなる。良い迷惑だ。誰もが浮かれるこの日には、街全体がまるであたしみたいなのは、呼んでないよみたいな雰囲気を醸して、拒絶する。だからあたしはそれから逃げるようにして商店街から、ただひたすら人がいない方へと足を動かしていた。そうしてたどり着いた場所は、何となく予想していた通り、学校近くの海である。それは夏の時と打って変わり、くすんだグレーの水溜まりに見えた。潮風が冷たい。…当たり前か。何だか余計虚しくなってきて、あたしは来た道を引き返そうとしが、そんなあたしの足を引き留めたのが、よく見知った人物の後ろ姿だ。彼はもう消えてしまいそうなくらいぼやんとしたオーラを放っていて、完全にこの風景に溶け込んでいた。座り込んでる彼の姿が淋しく見える。 あたしはよく彼を見つけられたなあと自分に感心したけど、恐らくそれは、きっと彼も今日という日のはみ出し者であり、そんな彼にあたしのレーダーが反応したのだろうと思った。なんて。 そんなことはどうでも良いとして、あたしは近くの自販機で飲み物を二つ買うと、彼の背中に向かって思い切り投げつけた。もはや景色の男――仁王雅治は、痛…、なんて小さく声を漏らして、のろりとこちらを顧みる。 「メリークリスマス仁王先輩」 「――、」 「良い男がクリスマスに何してんですか」 しかもこんな海で、とは心の中で付け足す。あたしは、きっと彼もあの雰囲気から逃れてきたのだと思った。仁王は別に、と砂まみれの缶をはたいて手に握りしめる。あったかいぜよと呟いてから、自分の隣を叩いた。座れという事か。仕方なく隣に腰を下ろしたあたしは、虚しいですねと自嘲気味に笑ってみせた。 「真冬にラムネ飲もうとするお前さんの方が虚しいぜよ」 「急に飲みたくなったんですよ悪いですか」 「…ふうん」 「…」 「…」 「…お金が足りなくてポタージュ買えなかったんですよ悪いですか」 「いーや」 くつくつ笑い始めた仁王は、丁度良かったと手にしている缶をあたしに差し出した。猫舌なんよ、なんて、ホントだとしたら顔に似合い過ぎですよあんた。見え透いた嘘をつく人だ。さしずめあたしに気を遣って言ったのだろう。仁王は変な所で幸せを逃がしてる気がする。 あたしは彼の持つポタージュを受け取ると、代わりにラムネを渡してあげた。真冬にラムネなんて虚しいですね、先輩。これみよがしにポタージュを啜れば、仁王からは苦笑が返ってくる。詐欺師なんだか馬鹿なんだか。 「てか仁王先輩、1人なんですね」 こんな日はテニス部といるか、彼女とデートかと思いました。あたしはそう付け加えると仁王は、イヴに集まったからのうと答える。多分テニス部の話だろう。2日間も女っ気がないのもあれだし、今日は1人でいると決めたんだとさ。 群れるの嫌いじゃし、遠慮がちに缶に口をつける仁王は海を、――遠くを見つめていた。何だかあたしの知らない仁王雅治。彼はあたしと同じようにはみ出し者なわけじゃなかったのだろうかと、少し自分が憐れに感じて、それならばあたしは邪魔ですよねと、早口に立ち上がった。しかし、それを仁王はすぐさま引き留めた。何を慌てたのか、彼のラムネが思いっきし砂浜に零れて、甘い染みを作る。 「もうちょっといんしゃい。旅は道連れ詐欺師には情け」 「意味分かんないですよ」 「ピヨ」 余計分かんねえわ。ため息を漏らして肩を竦めたあたしは、仁王と同じように海を見つめた。「くすんでますねー」「おー」あたしの心の様ですねとふざけて言ったら、そやのうと返ってきたから砂をかけてやった。 どうせあたしはクリスマスなんて似合わないくすんだ心の女だっつーの。多分一生あたしはあの空気に溶け込む事はないのだろうからとポタージュを飲みきってしまえば、仁王は仕返しなのか、あたしの靴の中にザーザー砂を入れてきやがる。あんたはガキか。 「捻くれとるのー」 「捻くれてますよ」 砂が靴下の中まで入ってきたから、仕方がないと、素足になる。仁王が見てる方が寒いナリと肩を竦めたが無視をした。立ち上がって海を見つめる。 「来年もきっとこんな感じで虚しく終わるんでしょうね」 「…」 ばしゃばしゃと寄せてきた波に足をつける。突き刺さる様に冷たい。その上仁王は何も言わないからあたしは眉間にシワを寄せて振り返った。早く何か言えよという意味を込めて。そしてその時あたしは傷の舐め合いがしたかっただけの情けない女なんだと思った。彼はつまらなさそうに海からあたしへ視線を動かす。しかし彼のそれに自分がいたたまれなくなって、あたしは逃げるように足元の波をじっと見つめていた。仁王に呆れられた確率99,9%、否、100%だ。確かテニス部の長身糸目男がこんな様な事言ってた気がして、苦し紛れに心の中で呟いた。 しかしそんな可哀相なあたしが次に耳にした言葉は、想像していたのとは全然違うものである。 「俺は来年こそはお前さんとツリーでも見たいと思っとったんじゃがのう」 「…」 「…」 仁王がニヤリと笑ったのは見なくとも分かる。やっぱりさっき先輩の制止なんて聞かずに帰っちゃえば良かったかな。旅は道連れでも、詐欺師に情けなんてかけていたらロクな事にならない。 赤らむ顔を上げることができないあたしは、やっぱり足元に寄せる波を凝視していたけど、何か言うことはないんかなんて返事を急かされたもんだから、捻くれ者らしく、あたしは笑って言ってやった。 「まあせいぜい頑張ってくださいよ」 はみ出し同盟 (来年は、――さてどうなることやら) −−−−−−→ え、終わり?みたいなやっぱり不完全燃焼話。 最近まともに短編かけなくなってきたな。ていうか久々に自分でタイトルつけた。 111227…→ 天宮 |