一本!

携帯片手に菓子パンを頬張る。その横には甘々の飲み物が置いてあって、だだっ広い朝の食堂にはそんな私と、あとは自炊のできぬどこぞの科の男子が遠くにぱらぱら数名。
私の朝はいつもこうだった。とてもじゃないが健康的な食事とは言えない。

やんか」

こんな時間に食堂を利用する人間なんてほとんどいないのは私がよく知っている。しかしとても聞き慣れた声が頭上からして、私は菓子パンをかじりながらずぼらにも頭を後ろに傾けると、その人物はあからさまに眉をしかめて見せた。

「ひはひひはん」
「…おはようさん」
「おはほう」

飲み込んでから喋れということか、それとも私の朝食に物を申したいのか、普段この時間帯にこの場所で見かけるはずのない白石が、呆れ顔で私の前の席についた。彼のプレートには白米やら焼き魚やら味噌汁やら、いかにもといったメニューが乗っている。今度は私が顔を顰める番だった。

「…つまんないメニュー」
「自分かて、菓子パンにミルクティー。不健康の温床やな。まさか毎朝そんなんなん?」
「…まあ、自炊だっるいし」
「…ほんまに女子か。それにわざわざ食堂来といて、定食頼まんなんて」

確かに彼の言い分はもっともだ。しかし食堂の朝食のメニューに好みの物が無いのだから仕方があるまい。まあ静かだし、場所的には文句はないので、購買で買った物をこうしてここで食べているのだけれど。

「それにしても白石、朝ご飯ここで食べるの珍しいじゃん」

確か彼は私と違って自炊ができる女子力の高い男子だったはずだが。というか、彼の顔色が少し悪いように見えるのは気のせいだろうか。ジッと前に座る白石の顔を見つめていると、私から目を逸らすように視線を斜めに外すと、彼は頭を押さえて小さく息を吐く。

「あー…昨日、レポートが上手くまとまらんくて」
「徹夜ですか」
「まあ、そんなとこっちゅうか」

なるほど自炊をする暇もない程追い詰められていたらしい。白石には珍しい事態である。普段彼は気持ち悪いほどに健康的な生活を送っているから、徹夜なんてさぞしんどいに違いない。私は手についたパンを払いながら苦笑をこぼす。
そこまで彼を悩ますレポートの課した先生はだいたい目星がついていた。あの鬼畜と呼ばれた先生に当たった白石を哀れに思う。

「そんな可哀想な君にこれを贈呈しよう」
「ミルクティー?飲みかけやん」
「まあまあ」

まあまあて、と彼は零して、私が差し出したそれに困ったように笑った。いらないらしい。「よくも朝からこないな甘いもん飲めるなあ自分。俺はお前が心配や…」心配された。

「白石ミルクティー嫌いなの」
「いや、そうやなくて、朝はあっさりいきたいやん」
「あっさり味噌汁とか」
「おん」
「うへえ」
「あんなあ…ちゅうか朝から糖分の取りすぎや。無駄やで無駄。太っても知らんからな」
「出た無駄。朝は甘いもの食べても太らないからいーんです」
「またそうやって」
「白石も飲みなよ」
「結構です」

白石が味噌汁をすすった。そんな姿も絵になるなんてイケメンはずるいと思う。彼のしゃんとした背中に倣って、私も丸まっていた背中を伸ばしてずいずいと彼に詰め寄った。

「糖分とらないと持たないよ」
「俺はきちんと三食食べるから問題あらへんの」

人のことより自分の心配しなさい、と彼は厳しく私を諭す。うわあお母さんだ…私は呟くと白石がまるでお母さんのモノマネでもしそうな顔つきになったので、咄嗟に口を押さえつけた。不服そうな顔をしていたけれど知らないふりだ。

「白石はストイックだよね」
「そんなことあらへん」
「そのままだと死んじゃうよ」
「大袈裟やな」
「そんな君に私からブドウ糖を授けよう」
「は、」

何のことだと、彼が一瞬気を抜いた隙に、立ち上がった私は彼の口にちゅ、と自分の口を重ねた。
白石はしばらくぽかんと私を見つめていたけれど、そのうち小さな声で、…あっま、なんて呟いた。

「甘過ぎや、自分これはあかんやろ。糖分の取り過ぎや」
「そっちかよ色気のない男だな」

もっとラブストーリーでも始まる予感がしていたのに。勇気を出した行動の先の結果に私は酷くがっかりして膨れながら隣に置いていた鞄を肩にかける。私もう行くからね、白石なんで知らないからね。

「ちょい待ち」
「なんすかもー!」

いくらイケメンでも傷心乙女を引き止める権利など今の君にはない。そんな意味も込めて、ぎゅるんと後ろを振り返ると意外にも彼は視線を宙に彷徨わせていて、それがようやく私に落ち着くと、そっと息を吸う。

「今日健康的な夕飯作りに行ったるから、覚悟せえよ」
「…えー白石の作るご飯、薄味そうだから遠慮しとくよ」
「あほ」

やっぱりラブストーリーでも始まりそうな予感だ。



ハローキスミー
(冷蔵庫の中身なんもあらへん!信じられん!)(えーごめんー)



( 第一回 // 140701 )
小説でこれやったのはきっと私が初めてなんじゃないでしょうか!一時間で小説をゼロから書くのはとっても大変だということが分かりました。次回からは90分か120分ほしい。