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『放課後部室に集合』

ジャッカルに言われた通り、帰りのホームルームが終わってから開いたもう一つの白い封筒には、そんな一言が書かれていた。裏にもどこにも、それ以外は見当たらない。
差出人の名前がであるから、きっと、今度こそその部室に待ち構えているのは彼女なのだろう。俺は机の脇にかかった鞄を掴みながら、部活に急ぐ生徒や教室に居残る生徒、掃除当番の生徒が入り混じる騒がしい中に、仁王の姿を探したが、つい数十秒前まであった彼の姿はすっかりいなくなっていた。

「つうか、あいつ教室の掃除当番じゃ、」

そこまで言いかけて、近くにいた掃除当番とふと目が合ってしまって、嫌な予感がした俺は、苦笑いをすると手紙をポケットに押し込んで慌てて教室を飛び出した。下手すると、部活が一緒だからとかで仁王の代わりに掃除をやらされそうだ。
ほんと、人に面倒を押し付けるのが上手い奴、と俺は思ったけれど、仁王がいない理由を考えたら、なんとなく先の展開が読めたような気がして、だからわざとのんびり部室の前までやってきたのだ。部室には電気はついておらず、窓からは明かりが見えない。だけど試しにノブを回してやると、それはぐるんとまわって、どうやら鍵はかかっていないようだ。
自分の中で妙な期待値がぐんぐん上がって行くのが分かった。だけどそれもちょっと格好が悪いので、あくまで冷静を装って、何にも知らなかったみたいにしよう。

「おーい、来たぞ」

こんな風に声をかけたのは不自然だったかもしれないと、口にしてから思った。後悔半分に俺はゆっくりドアを開く。ここでパーン、と、クラッカーが、

「って誰もいねえし!」

クラッカーは鳴らなかった。
男だらけの可愛くないハッピバースデートューブン太君の歌もなかった。ケーキもない。てっきりサプライズパーティーがあると思っていたのに。まさかまだ俺のクラス以外のホームルームが終わっていなくて、準備も何もしていなかったんじゃ。
すっかり気の抜けた俺は真っ暗な部室をしばらく見つめていた。

「どうしよう、俺、」
「パーン!」

パンッ、俺の期待していたその音は、だいぶ遅れてやってきた。しかも予想より数が少ない。火薬のような匂いに、後ろからひらひらと紙吹雪と紙テープが頭の上に落ちて、俺は後ろを振り返るとそこにはがクラッカーを構えて立っていた。

「お誕生日おめでとう!」
「…サンキュー」
「びっくりした?」
「いろんな意味で結構。あの、一人ですか」
「一人だよ」
「あいつらは?」
「あいつら?…あ、幸村達?知らないよ」

え、なにこれ寂し。申し訳ないけどこのサプライズはあんまり手放しに喜べる奴じゃない系である。つうかあいつら封筒だけ渡して終わりかよ。薄情すぎるだろい。…とは流石に祝ってくれている奴の前では言えないので、鞄から例の封筒を取り出して、じゃあこれそろそろ開けていい?と俺が問うと、彼女は首を横に振った。

「駄目だよ。だってまだそれ終わってないもん」
「終わってない?」
「開けるのは誕生会が始まってからだよ」
「…は?」

誕生会あるの?という俺の率直な感想の前に、彼女は今までの彼らと同じように白い封筒を俺に差し出した。これで封筒は8枚。全部揃ったよと、が言う。どうやら彼女で最後らしい。

「あっ、そう言えば私を探してたって幸村から聞いたけど」
「あー…それはなんつうか、もう良いんだけどさ。…それよりこの封筒って一体何なわけ?それ聞くのもやっぱなし?」
「えーそんなに気になるの?」
「そりゃあな」

は、大真面目にそう頷いた俺を見て小さく笑うと、期待しているような大したものではないかもしれないよ、と言った。「バイキングのチケットとかじゃあないからね」そんな念押し。どうやら俺の心は見透かされていたらしい。

「あのね私、最近よく思うんだよ」

春の風に吹かれて、伊予の髪がふわりと揺れる。どうやらその話はこの封筒を考えたきっかけだという。

「今『このブン太』と一緒に過ごせてるのはきっと奇跡みたいな確率に近いんだろうなって。ブン太だけじゃなくて、もちろん、他のみんなも」
「奇跡とか大袈裟だろい」
「大袈裟じゃないよ。今の丸井ブン太15歳は、貴方が誰かを大切にして、誰かに大切にされて、誰かと笑ったり泣いたり、誰を傷つけたり傷つけられたり。良いことも悪いことも、これまでブン太にあったことの上に成り立ってるんだと思う。些細なこと一つでもかけてたらきっとここにいるのは別の丸井ブン太で、…もしかしたらこの場にすらいなかったかもしれないし、つまり、今の丸井ブン太はいないんだよ」

ね!と握り拳なんか作って、熱弁するについ気圧される。自分という人間を謙遜するのは俺らしくないからしないけど、だからと言ってまるでそんな存在が特別みたいな言い方をされるのはどうにもしっくりこない、というか、やっぱり大袈裟なんじゃないかって。だったら幸村君とかの方が、よく分かる。俺はもう一回りくらい小さい枠に収まるのではってくらいは、一応謙虚なつもりだ。

「もう分かってないなあブン太は。まあ、でもね、重要なのはね、そこじゃないんだ」
「…どういうこと?」
「つまりね、こうやって今の丸井ブン太を作るために関わってきた全てのものにも感謝したくなっちゃうくらい私は、丸井ブン太って存在が大好きですって、そういうことが言いたいの」

たはは、と照れ隠しなのか彼女が変な笑い方をした。俺だって恥ずかしい。今まで何回も誕生日を祝われてきたけれど、こんな風な言葉を貰ったことは一度もない。

「あとね、丸井ブン太が丸井ブン太であるためには、きっと何よりテニスがなくちゃいけなくて、」
「うん、」
「そのためにはテニスをする相手がいなくちゃいけない。だから幸村が必要で、真田が必要で、…テニス部の皆が、必要なんだよ」
「…」
「それから、丸井ブン太の主成分には美味しいケーキも大事だね」

最後に戯けて付け足したの言葉につられて笑う。全部の言葉が胸に溶けて染み込んでくるみたいで、さっきまでの寂しさが嘘みたいに俺を満たした。
の言うように、こうして話したことも笑ったことも、丸井ブン太の一部になって構成されていく。俺が気付いていなかっただけで、大袈裟なように見えて、実はものすごく簡単で当たり前の事実なのかもしれない。

「だからね、そんなふうに私も丸井ブン太に必要な一人になりたいなって」

だからこれを贈呈します。そこでが俺の手の中の封筒を指差した。「中、見て良いよ」そう言われて開いたそれぞれの封筒の中には、カードが一枚ずつ。一つ一つにあいつらの名前と簡単なメッセージ、そうして裏には、

「『ずっと親友券、無期限有効』でっす」
「これ…」
「どんなことがあっても皆とずっと友達でいられる券だよ。プレゼントは私達だぜ、みたいな!」
「…」
「こんなんいらねえよって思うかもだけど、さっきの話から私なりに考えて皆と話し合ってね…あっ、け、ケーキもあるから落ち込まないでね!」
「…いや、違う」
「え」
「…ありがとう」
「ブン太、」
「ありがとう」

俺はあいつらを探しながら、知らないうちにずっと友達だって、そんな証明をもらっていたのだ。宝探しみたいだなんて思ったけど、宝なんかよりずっと価値がある。封筒を大切に抱えた俺に、は小さい写真を入れるようなクリアキーホルダーをそっと俺の手のひらに載せた。券の保存用にどうぞなんて変に畏まって。

「私だけじゃなくて、皆も、丸井ブン太のことが大好きです」
「…うん」
「本当は皆で言おうと思ってたんだけど、恥ずかしいからって誰も言いたがらなくてね」

確かに突然テニス部の皆に大好きですなんて言われたらちょっとびっくりするし、あいつらの気持ちも分からないでもないけど。苦笑すると、が俺の手をぎゅっと握って、それからね、と続けた。「あとこれだけ言わせて」なんて。

「生まれてきてくれて、本当にありがとう」

じわりと、目の前が滲んだ気がした。自分でもそれに驚いた。だって勝手になったんだから。涙ってそういうものかもしれないけど。でもそれ以上にどうしようもなく、言葉にできないくらい胸が熱くなる。今日は俺の誕生日で、俺が主役で、そのはずなのに、無性に伝えきれないくらいありがとうって言いたくなって、だけど、うまく言葉にできる気がしなくて、腕で顔を隠して慌ててそっぽを向くと、そこにはいつのまにかテニス部の皆がいた。いつから見ていたのか、いや、きっと初めから全部見ていたのだろう。皆にやにや笑っていやがるのだから。

「丸井先輩泣いてる」
「っば、泣いてねえよ!ふざけんなバーカ!何でいるんだよ今出てくんなバーカ!」

やっぱりサプライズを企んでいたらしい。柳も仁王も幸村君もいるのだから、俺の考えることより何枚も上手なのは、今思えば当然だ。も、まるで皆が帰ったみたいな言い方をしていたけれど、部室に誰もいなかったことに拍子抜けしてすっかり騙されてしまった。
幸村君は大きなケーキの箱を取り出して、部室のドアノブに手をかけると、こちらを振り返って柔らかく笑った。

「さて、ブン太が泣いて喋れなくなる前に誕生会、しようか」
「だから泣いてなんか、…っ、」

「ブン太、誕生日おめでとう」

俺はその時、人生に一回くらい、誕生日に感動して泣いちまうことがあっても良いのかなって、思った。

だって誰かに大切にされて、誰かを大切にした、この一瞬も俺のかけがえのない一部になるんならさ。



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( 丸井先輩誕生日カウントダウン2015 // 150412~150419 )

皆君のことがだいすきさ!