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息を吸うとまるで胸の上にずしりと落ち着きが積もってくるような深い、図書室の本の匂い。
俺のようなタイプは説明するまでもなく図書室というやつが少し苦手で、この静かな空間にいると、ついそわそわしてしまう。教室ではちっとも気にならない椅子を引くその音を立ててしまうことさえ、ここでは心臓がきゅっとしぼむような思いがするのだ。
心なしか忍び足になりながら、か、柳か、もしくは他のテニス部員か、もはや自分は誰を探しているのか分からないのだけれど、とにかく見知った顔を探す。
しかし机がぞろぞろと並ぶその場所には顔見知りはおらず、かと言って、カウンターから見えるような位置にある本棚にも姿は伺えない。普段図書室に来ない俺は、どこにどんな本があるかなんてちっとも見当がつかないまま、ずんずんと奥へと進んでいると、埃の積もった本ばかりが並ぶその棚の奥に、柳の姿はあった。

「ブン太か」

彼は俺が声をかけるよりも前に本から顔を上げてこちらを見やる。俺は今までに貰った封筒をちらりと見せてから、ここで会うべきなのはお前で合ってるよな、と問うた。元より彼は成功するなんて思っていないだろうが、すっかり見抜かれた自分達の計画に、彼はフッと微笑んで、頷いた。

「…それならもっと分かりやすいところいてくれよ」
「すまない。しかしよくここが分かったな」
「まあな、…っていうか、とかなんとか言いながらどうせ俺がちゃんとここに来るって分かってたんだろい」
「ああ。お前の勘はよく当たるからな」
「勘、とかめっずらし」

計算から一番確率の高いものを、そんな風に確立した自分の情報こそ信用に足るなんて思っているのだろうに、勘なんて、そんなものをあてにするのは柳らしくない。そばの棚の埃の積もった一冊をそっと撫でてから、ガムをなんとはなしに膨らます。柳が手にしていた本を元に戻し、それから例の封筒を差し出した。

「お前の勘は信用に足るからな」
「…。…っとに、お前も柳生も調子狂うぜ。何、デレ期?」
「せっかくの誕生日だからな、甘やかすのも悪くはないだろう」
「…」

だったら甘いものを減量、なんて言葉を是非撤回してもらいたいところだが。照れる反面、冗談交じりにそんなことを言うと、彼はぽこんと、本を俺の頭に乗せたので、俺は肩をすくめて黙り込むしかなかった。やはり誕生日だろうが、甘やかされない部分はあるらしい。

「せっかくの誕生日なのに」
「ああ、そうだな。では今日くらいはケーキなら好きなだけ食べると良い」
「まじで」
「ただし、明日からの練習量はそれに比例するぞ」

そう言われちゃあぐうの音も出ない。途端にお腹が空くような思いがして、何冊かの本を抱えおもむろにカウンターの方へ歩き出した彼に、俺はしぶしぶ続くと、彼はふと足を止めた。肩を落として付いてくる俺に少し呆れているらしい。

「それではこうしよう」
「…んん?」
「ブン太、誕生日おめでとう」

そうして適当な本棚から柳が取り出した一冊は、ケーキの写真がたくさん載っているそれで、俺はそれを舐めるように眺めてから、顔を上げた。俺がなんと思ったのかきっと分かっているだろうに、彼はすました顔でいるものだから俺は柳って意地悪だな、と口を尖らせる。すると柳が本で隠しながら、こっそり笑ったのが分かった。

ほんと、意地悪。


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( 丸井先輩誕生日カウントダウン2015 // 150412~ )
いつつ、
後輩と弟想いのお兄ちゃん。