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桜の微かな甘い匂いに、穏やかな風。誕生日の朝はいつだって気分が良い。
朝一番に家族からはおめでとうと言われたし、朝食はいつもより少し豪華だったし(あ、夕飯はもっと豪華だって)、それから学校では下駄箱や机の中に数え切れないくらいプレゼントが詰められていた。
自分の誕生日が嫌いな奴なんてあまりいないと思うけど、きっと他の奴よりもとりわけ盛大に祝われる俺は、誕生日が好きだ。そんな俺の今年の誕生日は、家族にもクラスメイトのほぼ全員にも、それ以外の奴らにも祝いの言葉やプレゼントを貰ったにもかかわらず納得できないことがひとつ。
今日は部活が無い日だから仕方がないのかもしれないが、テニス部のメンバーにプレゼントを貰っていないのだ。マネージャーのに至っては、姿も見せないので、おめでとうの言葉すらなかった。プレゼントが目当てなわけではないが( まあ少しは期待しているけど )去年はそれはもう盛大に祝って貰ったこともあったから、今年の静けさは少し悲しくなるほどで。

「もしかしてに関しては俺の誕生日を忘れてんじゃねえの」

ぶつくさ言いながら踏み締める昼休みの廊下では、やっぱりおめでとうの言葉が飛び交ったけど、俺は彼らのそれが欲しいわけじゃなくて、返答も早々に幸村君の教室へ向かうことにした。C組はのクラスでもあるのだ。覗き込むとそこにはどういうわけかの姿はなくて、いつも昼休みは教室にいるのに、と脱力していると、ふっと目の前に誰かがやってきたのが分かった。落としていた視線の先にある上履きには「幸村」の文字。

「随分元気がないね」
「幸村君」
「せっかくの誕生日なんだからもっと笑顔でいないと勿体無いよ。それに、ブン太らしくない」

それならもっと気を使って俺を祝ってくれ、とこっそり思ったのだけれど、まさか幸村君にそんなことは言えないのと、押し付けがましい上に格好が付かないので、おう、と弱々しく頷くだけにした。だけど幸村君が俺の思うところを察したのか、いや、もしかしたら最初から分かっていたのかもしれないが、クスリと笑うと、「なら、先生に何か頼まれたとかで視聴覚室へ行ったよ」そう言った。居場所を聞けたことはラッキーだった。とは言えここまで来て言うのもナンだが、正直に会って俺は何を言うというのだろう。「お前俺の誕生日忘れてるだろ」と言って肯定されたらそれこそ格好が付かない。何より辛い。
視聴覚室がある方へ視線をやってから、「まあ、別に良いんだけど」と、何が良いのか自分でも分からないが強がって、来た道を引き返そうとすると、幸村君が俺を引き止めた。

「行きなよ」
「え?」
「きっと待ってる」
「待ってるって、」
「あと、これ」

そう言って彼が俺に差し出したのはハガキくらいのサイズの白い封筒だった。周りには何も書いていない上に中に何かが入っているのかも怪しいくらいの簡素で薄っぺらいそれ。
一応糊付けはしてあるので、封を切ろうとすると、その手をやんわりと抑えられた。

「『開けて良いよ』と言われるまでは開けないようにね」
「誰に?」
「視聴覚室、行ってらっしゃい」

幸村君は質問に答えないまま、俺を視聴覚室の方へ送り出したので、ワケが分からぬまま、俺は一つ上の階にあるそこへ向かうことにした。
この流れだと、きっとが封筒を開ける指示を出すのだろう。それにしたって何故視聴覚室。
まあ、封筒も視聴覚室も行けば分かることだ。

「それから、ブン太」
「うん?」
「改めて誕生日、おめでとう」
「…サンキュ」

やっぱり大切に思っている仲間からの言葉は、何よりも一番嬉しいものなのだ。


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( 丸井先輩誕生日カウントダウン2015 // 150412~ )
ひとつ、
その紫色の澄んだ瞳。