「ブン太の様子がおかしいんだ」

午後の緩やかな空気が流れ込む放課後の教室。そうは言っても季節が季節なので空気は冷たいけれど、そんな中で、私はどこか暗い面持ちのジャッカル君の隣にいた。彼にここに残るように言ったのは私だ。なんて言ったって今日はバレンタインで、私は一世一代の告白を彼にしようと決めたのだから。…決めたのはいいのだけれど。いつ何時でも、誰に対しても平等な優しさを分け与える、私からすれば正しく神様のような存在のジャッカル君が冒頭のそれを言った。
私の調べによれば、ジャッカル君と丸井のあんちくしょうはダブルスのパートナーらしい。どうして丸井のあんちくしょうのパートナーがジャッカル君なんだろうといつも思うのだけれど、尋ねてみてもジャッカル君に不満はないらしいので、まあ今はそのことは置いておくとしよう。今はあんな奴のことを常に気に掛ける彼の優しさに和む場面である。
彼は深くため息を吐くと、私に何か理由を知らないかと問うたので、私は首を傾げた。基本的に私は丸井のあんちくしょうと関わりを持たないようにしているので、彼のことは知らない。しかし思い返してみれば、既に不必要なものとして失われかけている私の記憶の一つに、そういえば先程丸井に呼び出されたようなそんな内容のものがある。彼は私になんて言ってたかな。まあ忘れるぐらいだから大切じゃないに違いない。とりあえず、私はジャッカル君が好きであるということと、丸井のこんちくしょうが嫌いで、普段ジャッカル君に行っている所業について文句をつけた覚えならある。が、きっとこれは関係ない話だろう。自業自得だろうに、これで落ち込むなど、身勝手にも程がある。奴もそこまで落ちぶれてはいまい。

「ううん、分からないなあ」
「そうか…」
「ていうかさ、ジャッカル君は優しすぎるよ」
「…そうか?」

そんなところが好きなのだけれど。しかし丸井君にあそこまで優しさをふりまく必要ってあるの?私は常にそんな心境だった。
私の問いに、彼はしばらくきょとんとしてから、ふっと笑みをこぼす。それはまるで子どもを思う母親のような、そんな包容力のあるものだった。危うく心臓をぶち抜かれそうになる。

「小学校から一緒で、もはやこれは直しようがないって感じもあるけどよ。あいつってさ、確かにわがままだけど、ホントはいい奴なんだぜ?」
「ジャッカル君…」
「それに、なんかほっとけねえっていうか」
「私さ、そんな優しいジャッカル君が好きだよ」
「…えっ」
「丸井が羨ましいっていうか、ホントあいつと変わりたいくらいだよ」

「好きです」緊張で声が震えた。ついにこの日が。
私は彼のために用意したチョコレートをそっと差し出すと、彼はそれを受け取って、そして私を見つめる。


「うん」
「ごめん」
「え?」

彼は視線をしばらくさまよわせて、それから「俺、別に好きな奴がいるんだ」と、とても言いづらそうに零した。え、嘘でしょ、ちょっと待って。

「俺、はてっきりブン太が好きなんだって思ってた。お前ら両思いなんだって」
「ええええちょっと待ってちょっと待ってナイナイナイナイ」
「すまねえ、なんか、俺勘違いしてたみたいだな」
「…っ、…ジャッカル君は誰が好きなの…」
「…」

ジャッカル君は答えなかったが、私は何となく察しがついてしまった。ジャッカル君は丸井の女たらしと違って、そんなに自分から女の子に関わろうとしない。そんな中で彼が恋する相手と言ったら、丸井のあほんだらを通してしかありえないのだ。
つまり、丸井とよく一緒にいて、必然的にジャッカル君とも仲良くなりそうな、相手。そんな女一人しかいなかった。私の友人の一人だ。こんなバレンタインにもきっと興味を持たないだあろう、サバサバ系女子。バレンタインで空気が浮ついている中で部活をしたくないと、ぼやいて部活を平気でサボる女。

「ジャッカル君は女を見る目ないよ…」
「えええ…、す、すまねえ」
「あんなガサツ女…っ」

私は走り出した。ジャッカル君が後ろでちょっと待てなんて引き留めてくれる声が聞こえたけれど、私は振り返らない。こんな状況でも、引き留めてくれる彼の優しさにちゃんときゅんとしたけれど、私は止まらない。
私は階段を駆け上がって駆け上がって、屋上を目指した。きっとあのガサツ女がいるはずだ。文句を言って、散々貶してやった後に、慰めてもらおう。きっと彼女は「もう帰っていい?」とか言うだろうけど、「今日は帰さねえよ」とか阻止してやろうと思う。
そう思って、一番上の階までたどり着いた私は、屋上の扉を蹴破ろうと足を上げた。しかし扉の向こうから話し声が聞こえて、そのファイティングポーズのまま固まる。あの女以外に誰かいるのだろうか。ばれないようにこっそり扉を開けて隙間から様子を窺えば、なんと丸井を押し倒している私の友人がいた。

「あんまり中途半端な態度取ってると、マジであたしが丸井の事食べちゃうよ」


もう何も信じない。




( 誰も報われねええええ! // 140221 )
一回も読み返さずに、ついさっき打つのと考えるのを同時進行でやりました。何もビジョンが浮かばぬまま行き当たりばったりで書いたら何故かこうなりました。びっくり。
こんなすれ違いも楽しんでいただけたら幸いです。