act.01_ 三馬鹿と夜の学校 「はあ? ラケットを学校に忘れただあ?」 赤也から電話があったのは丁度俺が夕飯を食べ終わって、さてドラクエでもするかと席を立った時だった。時刻は九時過ぎ。夏とは言え辺りはすっかり暗くなる時間だった。赤也の電話の内容というのも、見ての通りラケットを学校に忘れたから一緒に取りに行って欲しいというもの。 何度も言うがもう夜の九時を回っている。正直面倒だからこの時間に学校へ戻る気はしない。だいたいラケットなんてどうやったら忘れられるのだろう。器用だなと嫌味を言ったら、それ程でも、でへへと真面目に喜んでいたので電話を切った。いらっとした。 しかし案の定それから五秒と経たずに再度赤也から電話があって、なんで切るんですか! と受話器越しに怒鳴られる。いや怒りたいのはこっちな。 「明日練習試合があるからラケットないと困るじゃないスかあ!」 「ああ、まあ、」 たしかに明日は柿ノ木中との練習試合が朝からあって、それぞれ直接 柿ノ木中に集合だから学校には寄る暇がない。となると今ラケットを取りに行かねば明日の試合には出られないということになるだろう。まあ、それが真田に知れたとして試合に出られないだけで済めば良いけれど。 「でもまあ、困るのは赤也で、俺は痛くも痒くもないけど」 「丸井先輩の薄情者!」 「ふうん、そういうこと言えんのお前」 「……」 俺が威圧的にそんな言葉を吐いてやると赤也は黙り込んだ。どうやらそこまで俺に望みをかけているらしい。謎過ぎる。そもそも、俺に頼むのが間違いだと思うのだが。こういうのはジャッカルが適任ではないか。あいつに頼めば大抵なんとかしてくれるのに。 「ジャッカル先輩はいなかったんですよ! もう何度も電話してるのに連絡つかなくて」 「へえ、ご愁傷様。じゃあな」 「ちょちょちょちょ」 「何だよ、そんなに一人じゃ怖いのかよ」 「怖いっす、マジで」 「うわあ……」 我が後輩ながら情けないと思う。ここは先輩として叱咤してやろうとしたのだが、どうやら赤也は今まさに学校の前にいるらしいのだ。こいつも初めこそ一人で取りに行くつもりだったそうで、けれどいざ夜の学校を前にして怖気付いて今に至るという。そりゃそうだ。多分俺も自分の立場だったら一人では行きたくない。 「しかも置いてきたの理科室なんですよー!」 「はあ、理科室とかいかにもじゃねえか」 「どうしよう丸井先輩」 「丸井先輩はどうもしないけど」 つうかパス。理科室とかやだし、何より面倒。 「ハーゲンダッツ奢りますからあああああ」 「は? いくつ」 「え、いくつって、もちろん一つ、」 「いくつ?」 「……ふ、二つ……?」 「え、何だって、三つって言った?」 「あああ分かりましたよ三つで手を打つッスよ!」 「やーりぃ」 そうと決まれば早速出かけるとしよう。十分くらい待つようにと赤也に言って、俺は携帯を切った。しかしながら切る直前に、電話の向こうで赤也の叫び声みたいなのが聞こえたような気がしたのだが、気のせいだろうか。まあ良い。 親は俺のこれから出かけますよと言った様子に、驚いていて、流石に正直に夜の学校に行くとは言う気がしなかったので、親にはそれらしい理由を伝えて、俺はそこら辺にあったウェアを適当に引っ掛け大分ラフな格好で学校へと向かうことにした。 「……で? 何でお前がいるんだよ」 普段使わぬ、すっかり錆びついた自転車を引っ張り出して、学校へとそれを強引に漕ぎ出せば、思いの他すぐに目的地にはたどり着いた。門の前では、しゃがみ込む赤也がいて、その隣にすごく見覚えのある銀髪。彼は俺を見つけるとやる気のない声を出してひらりと手を上げた。 赤也から話を聞くと、仁王は俺が電話を切る直前に、後ろから急に現れたらしい。肝試しなら自分も混ざりたいとか。肝試しじゃねえよ。 「つうかお前なんでこんな時間にこんなとこいんだよ」 「姉貴のパシリぜよ」 「……お前本当姉ちゃんに弱いよな」 「女兄弟は女が強くできとる仕組みなんじゃ。ブン太には分からんじゃろうが」 「ふうん、そういうもんかねえ」 俺はそう答えながら自転車を停めて端に寄せる。仁王に同意を求められた赤也が苦笑を零していた。そうか、確か赤也にも姉貴がいたんだっけ。 「てか仁王がいるなら俺帰ろうかな」 「は、ちょ、それはダメッス!」 「なんじゃ、俺だけじゃ不満か赤也」 「当たり前でしょ!」 この人絶対途中でいなくなって俺を脅かす気だと、赤也は俺の腕をがっちり掴んで仁王を警戒する。確かにそれは分からなくもないけど。 まあ、ハーゲンダッツを三つも奢ってもらえるわけだし、しゃあねえからついて行ってやるよと、俺は頭をかいた。 「んで、理科室に忘れたんだっけ?」 「なんでまたそんなところに忘れるんかのう」 「いやあ、今日俺補習で部活行ってなかったじゃないすか。実は理科の補習で、理科室でやってたんスけど、真田副部長が突然乱入してきて、追いかけ回されたんスよね」 「それは知ってる。俺らが真田を煽ったんだもん、なあ」 「おー」 「はあ? ちょっと!」 風の噂で赤也が補習だと聞いたというのと、その時丁度暇で仕方なかったという理由で、その話に適当に尾ひれをつけて仁王と一緒に真田の前でわざと聞こえるように赤也の話をしたのだった。そうしたら怒りのボルテージを上げた真田がまんまと赤也の元へ走り出したというわけだ。 「え、何ぶたれたん?」自分達が仕掛けたこととはいえ、あまりに好奇心剥き出しに仁王はそんなことを問うので、聞いてやるなよと俺は苦笑する。 「なんとかビンタは避けましたよ! でもそのまま理科室にラケバ置きっぱになっちまったし、結局先輩達のせいじゃないスか!」 「だーからこうやって来てやっただろい」 「責任感じてじゃなくてハーゲンダッツのために来たんだろ」 「今更ぐちぐち言うなよ、ほら行くぞ」 「……」 そういうわけで腑に落ちなさそうな赤也はもう触れぬことにし、俺達は夜の学校へと足を踏み入れたわけだ。校門は壁自体が低いため、あっさりと中へは侵入することができた。俺達はさて、どこから中へ入ろうかと思案する。仁王あたりが、侵入できそうな経路を把握していそうだが。そんな期待も込めて仁王を見やると、彼はどこからともなくピンセットを取り出して、昇降口の鍵穴に差し込んだのだった。おお、と赤也が声を上げる。「伊達にテニスの詐欺師やってないッスね!」「いやこれ絶対テニスと関係ねえだろ」これでは完全に犯罪者である。いくらそんな異名があってもテニスでピッキングなど使う場面があるはずもない。こいつ……とか思いつつ、開いた扉に赤也とホッと息をつくや否やという瞬間だった。けたたましいベルの音に、俺達は反射的にびくりと身体を震わせる。 「おおう、びくった」 「ですね」 「てかあれ、何か警報的なの鳴ってね」 「鳴ってますね」 「今時アルソックついてない学校ってないからのう」 俺達はお互い顔を見合わせた。 きっとこの時ばかりは考えがシンクロしていたに違いない。 「あ、詰んだわこれ」 index ( worked by amamiya // 141105 ) |