やっぱり練習でヘトヘトになった後の風呂というのは格別である。しかもこの合宿所の風呂は馬鹿でかいときた。
首からタオルを下げながら、風呂上がりのまだ赤い頬を冷ますように、俺は当てもなくぶらりと廊下を歩く。鼻歌なんかも歌って、気分は上々だった。そんな俺の視線の先に、ふと捉えたのはで。彼女は何かを抱えながら、ふらふらとなんだか危なっかしい。いつ転んでもおかしくないと、彼女に声をかけようとした時、は「あああー…」なんて気の抜けるような声を上げながら後ろにのけぞった。俺はそれを慌てて受け止めに入る。「っと、危ねえな」
はきょとんとした顔で俺を仰ぎ見た。


「丸井じゃないか」
「丸井ですが」
「何してるの」
アレおっかしいなー一応お前を助けてやったつもりだったんですけど自覚なし?


彼女の背中を受け止めている俺は、体勢を立て直させてやると、が「つもりじゃ何も救えない」なぞと意味不明な言葉を言い放った。このやろう。現にお前は俺に助けられたろうが。恩知らずめ。俺が腹いせに額を叩いてやれば、彼女はぷくりと頬を膨らました。お前がやっても可愛くねえぞ。
ああ、それよりも、そのダンボールはなんだろう。俺が視線を箱の方へ移すと、彼女は俺に中を開いて見せた。え、いいのかよ?


「いいのいいの。君達の食料だから」
「オイ」


中に入っているのは、ジュースの類だった。ペットボトルがいくつも敷き詰められている。恐らく補充するために、業者から送られてきたものだろう。これは確かにには重い。雑用係も大変である。俺はそこまで思って、ふと首を傾げた。というか、そもそも係は堀尾達もいるだろうに、そいつらは一体どうしたのだろう。俺がに問うと、彼女は首を竦めて「先に行ってもらった」と呟いた。どうやらは今回ばかりは足手まといらしい。洞察力が天下一品でも力では男と女の差が出る。
俺は仕方がないと腹をくくり、彼女の手からダンボールを攫った。ほら、レストランだろ?行くぞ。


「え、手伝ってくれるの?苦手なことは荷物運びくん」
「ここで見捨てて行くほど冷たくねえよ、つうかそれ言うな。マジで放置するぞ」
「ジョークだよ」


へらへらと笑ったは、俺の背中をゆるくレストランの方へ押しだした。隣を歩くが、なんだかいつもよりも腑抜けていたというか、でれでれしていたように見えたのは、俺の、気のせいだろうか。

レストランにつくと、俺達は奥の厨房にダンボールを運び込んだ。中にはやはり同じ係りの堀尾達と、コックがいて、冷蔵庫に飲み物の詰め込みをしている。がそこに現れると、彼らはホッとしたように顔を見合わせていた。それほど頼りにされてなかったんだな、こいつ。俺は持ち前の兄貴性分というやつでの頭をつかんで堀尾達の方へ下げた。それに釣られて、彼女は「え、あっ、丸井くん、ありがとうございました」と何故か俺に礼を言う。ちっげえだろい。心配かけてすいませんとか、遅くなってごめんなさいとか、色々あるだろうが!


「え、わたし、そんなに遅かった?駄目じゃん丸井。もっとキリキリ運ばないと」
「俺のせいかよ!」
「あはは、大丈夫だよさん達。元々女の子にこんな重いものを頼んじゃったのがいけないんだし」


コックの一人が笑って、お礼にと俺達にジュースを一本ずつくれた。いつもなら手放しで喜ぶ俺だけど、なんだか申し訳なさ全開である。そんな横でやったな丸井、とが真顔で喜んでいるものだから、俺より能天気な奴っているんだなあとしみじみ思ってしまった。

そのあと、達の雑用は今日はそれで終わるというので、俺とはのんびりジュースでも飲もうとラウンジに出向いた。そろそろ寝始める奴もいるくらいの時間帯だけあって、合宿所はなんだか静けさに包まれていた。そんな中、椅子に座るがふいにでへへと妙な笑い方をした。


「…おま、なんだよその顔。さっきもだけど。なんか今日おかしくね?」
「あーはは」


機嫌が良い。と直感的に思った。そうか、これは機嫌が良いのだ。一体どうしてだろう。まさかジュースをもらったからではないだろうし。訝しげに彼女をしばらく見つめていると、それに気づいたらしいは、ああ、と小さく頷いた。


「実はね、この間芥川君と話してたんだけどさ」
「いきなりなんだよ。ジロ君?何を?」
「丸井が王子様みたいだよねーって」
「はあああ!?」


王子様って、んな恥ずかしい例えすんなよ。カッと熱くなった頬を腕で慌てて隠す。はその反応が面白かったらしくて、仕切りに王子様王子様と口にしていた。ていうか、どうしてそういう話になったのだろう。


「いやー、なんか芥川君が、丸井はいつも私を助けてるよねって、言って」
「…そ、うか?」
「それで、ピンチの時に助けてくれるから、『丸井君はさんの王子様だー』って」
「…それで、お前は何て言ったんだよ」
「丸井なら良いかもねえって」


まさかそんな答えをもらえるとは思っていなかった俺は、余計に恥ずかしくなって、照れを隠すようにグイグイとジュースを飲み干して行く。そう、はたまにこういうことを言って俺の調子を狂わせるんだ。彼女は笑って、「だって丸井は超いい奴じゃん」と言った。


「私が困った時に、気がつけばいつもそばにいる」
「…俺、自覚ねえんだけど」
「それでも良いよ。丸井ってさ、ほんと、安心できるんだ」


だから、今日助けてもらった時に、やっぱり俺が来たと、なんだか嬉しくなってしまったのだと、彼女は言った。んなこと言われたら、俺だってテンション上がるんですけど。頭をぐしゃぐしゃとかいた俺は、小さく息を吐いて目を伏せた。

俺はこの先ずっと、が困った時にそばにいてやれるだろうか。

そばにいてやりたい、と思う。できるならいつまでも。それはにとって俺がどんな存在であっても。

俺はの頭を乱暴に撫で付ける。彼女は口を尖らせて少し眉をしかめた。


「そうかそうか」
「…ちょ、丸井?」
「んじゃあお前が飽きるまで俺も王子様やってやんねえとな」
「飽きないよ。お手伝い大歓迎です」
「このやろー」


そうしてへらりと笑うに、俺も釣られて笑ったのだった。

俺はが困っていたら、きっと無意識に、無条件に、助けに走り出してしまうんだろう。それで良いと思えた。俺の中では、という一人の女の子の存在が、それ程大きいのだ。


それだけのこと
(本当に、不思議な奴だよな)

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( ブン太大好きです。リクエストありがとうございました / 131011 )