「でっでで出たんですよぉおお種ヶ島さんんん!」
「は?」


普段、自分からは全くと言っていいほど、俺に話しかけてこないが、朝のトレーニングが始まりを告げた早々、足をもつれさせながらも俺に噛み付く勢いでそんなことを言いに来た。常に無表情を決め込む彼女にしては珍しく、かなり冷静さを欠いているようだ。
このという少女は、数日前から高校生のマネジメントを担当している見た目も運動能力も、とにかく平凡を極めた女の子だった。彼女はこの合宿に似合わなさすぎるゆったりとした己の空気を持ち、それを崩すことを嫌う。正直、初めは何でこんな子が、とも思ったが、彼女も監督やコーチ陣が招待しただけの実力は秘めていた。彼女の洞察力は群を抜いている。

先程から「出た出た、出たの聞けよバカアアアア」なぞともはや形だけの敬語さえ取れて、は俺の腹を殴っている。そして俺は頭を押さえつけてそれを阻止していた。


「一体何なんや、騒々しい」
「だから、出たんですよ!」
「出た?ああ、俺のブロマイドが出たっちゅう話は真っ赤な嘘やで。あれホンマ誰が流してんやろ」
「ちげえよ何の話だよ、初耳だよおおお。幽霊!幽霊ですよ!」
「幽霊?」


聞くところによると、彼女は昨日の夜、喉が渇いたから自販機を求めて レストランの方へ行った時に、ソレに出くわしたという。自販機で欲しいものを買って帰ろうとしたは不意に誰かに名前を呼ばれたらしい。しかし振り返った先には気配はすれど誰もいない。気のせいかとも思ったが、その後もしばらく声が聞こえ、ついに肩に何かが触れた途端には逃げ出したそうなのだ。


「私、驚いて叫びました」
「ああ、夜に聞こえたの、あれはの声かい。俺はてっきり入江のラッパかと」


俺の至極真面目な声色に、横を通りかかった入江が、眉をしかめた。「一緒にしないで欲しいよ。それに、ボクのはラッパじゃなくてサックス」
はそんなやり取りの横で、赤也の話を信じてあげればよかったと、悔いながら頭を抱えている。確か以前彼女と彼女の後輩が幽霊がどうとかの話をしていたが、あれは負け組の奴らがこちらに潜入してきたのを見間違えたと思っていいだろう。だいたいあの時期になると、悪霊払うための妙な呪文が流行るのだ。(ステップステップ…とかいうの)実はその呪文は潜入する奴らのヒントになっているのであるが。しかし、今回はそれとは全く関係はないはず。顎に手を当てて首を傾げていると、目の前の彼女は目をギラつかせて握り拳を強く握る。


「種ヶ島さん退治してください」
「は?いやいやいや」
「退治してください」
「何で俺が」
「あなたしかいません」
「むしろ俺以外にたくさんいるやろ。つうか、中学生に頼めばホイホイ引き受けてくれるって」
「相打ちにでもなったら困るでしょう」
「あ、このお前、魂胆が見えたぞ。俺に相打ちになれと思ってんのやろ」
「思ってます」
せめて隠せ


こいつは、と俺は怒るのも通り越して、呆れてしまう始末。いや、わかっていた。はこういう奴やって。「頼むよう、安眠のためなんだよう、相打ちになってくれよう」本気で言ってるのか冗談なのか。彼女の真顔から理解するのは至難の技だが、これだけは確かなことだ。
絶対助けてやんねえ。




そうは言っても俺も善人なので、幽霊に怯える彼女を放っておけるわけがなかった。というのは建前で、俺が彼女に付き合っている真相はなんと、いつもは中学生と取っている夕食の時には俺のところへやって来て、それから俺のそばを離れようとはしなかったから仕方なく、というもの。文字にすれば可愛く聞こえそうな彼女の行動の原動力は、お察しの通り、俺に幽霊退治をさせたい、あわよくば相打ちに、というところに起因していた。退治してくれなければついて回って嫌がらせをしますと来たものだから、いい迷惑である。すでに嫌がらせだ。こうして深夜二時、俺は話のレストランの自販機の前にと二人で立っているのである。


「ホンマにおるんか」
「いますよ!種ヶ島さんなんか一口で食われます」
「どんな幽霊やねん」


つうか、それじゃあ俺には手が負えないから多分お前の命もないぞと当たり前のことを言ったら、は顔を青ざめて「帰りますね、種ヶ島さん、ふぁい!」とか無責任な言葉を吐いたので、彼女の襟首を捕まえてそれを阻止する。


「死ぬ時は一緒一緒」
「…」
そんなすっげ嫌そうな顔向けられたら俺悲しいわ


そんなやり取りをしていると、不意に暗がりから「さん…」と声が聞こえた。それに体をビクつかせるのは勿論目の前の、この礼儀知らずな娘な訳で。俺の腕をがっちり掴むと、暗闇の向こうを睨みつける。相手がこいつだと役得とも思えない。
うーん、なんも見えんな。


「たた種ヶ島さん、出番だ!」
「いや、見えんことにはなあ」
「霊感あるって言ったくせに!嘘つき!」
言うてへんわ


彼女の額に手をペチ、と当てるとは叩くなら幽霊を叩けと喚き始めた。はいはい。ていうかもう寝たい。俺はのんきに自販機でDr.Pepperを買って缶を手で弄ぶ。そうしてしばらくを呼ぶ声は続き、俺が「お前誰や」と試しに問うた時、暗闇で何かが動くのを見た。しめた。俺は手の中の缶をそこに向かって投げる。がつん、とぶつかる音と、誰かの声、そして何かが倒れる音。その後、辺りは静まり返った。でかした種ヶ島さん、と騒ぐの横で、俺は暗闇に足を進める。そこに倒れていた奴には何と無く見覚えがあった。


、こいつ中学生やろ。誰や」
「え?」


首を傾げて同じように倒れている人物をのぞきこむ。表情は堅い。誰だ、みたいな顔だ。彼女は人の名前や顔を覚えるのができないから、あまり頼りにならなさそうだ。
まあ幽霊の正体がわかってよかった。今にも床と一体化しそうなくらい地味な奴だから、暗闇に溶けて声をかけても姿が見えなかったのだ。ある意味ホラーである。


「ええと、確か、北君みたいな、名前だったような」
北君?そんな奴おったか
「いつも西方君と一緒にいる、地味な」
「西方君って…いや、そんな名前もいたか?」


嘘臭さ。とも思ったがまあいい。とりあえず名前を頼りに部屋を探して、部屋の前に置こうという結論に至った俺たちは、合宿所の部屋という部屋を探しまくったわけだが、北という奴の部屋はなかった。仕方ないので、名前が似ている南という奴の部屋の前に置いておくことにした。

こうして俺たちの幽霊退治は幕を閉じたのである。


「今日は種ヶ島さんと大冒険でしたね」
「いい迷惑だわ」
「また何かあったら頼みますね」
「気分が乗ればな。っつうか俺を殺そうとしとるんに手を貸すかい」
「あれはジョークですよ。結局こうして手伝ってくれるから種ヶ島さん、私は結構好きですから」


へら、とが笑った。俺はそんな彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。やめてくれと騒いでいたものの、顔は少し嬉しそうで、あーこんな妹がいたら俺は超可愛がってしまうんやろうなーなんてさらに手に力をこめる。


「ちょ、いい加減やめて下さい」
お前、得しとるなあ」
「は?」
「俺の妹になればええのに」
「は?」


そうしたら、もっと甘やかしてやるのにと、ぽかんと口を開けているを笑いながら俺はそう思った。


「種ケ島さんの妹とか超絶嫌ですよ」


この女、とも思った。


気分次第キミ次第
(どうせ、俺は地味だから)(何言ってんだよ!幽霊に勘違いされるなんて派手じゃないか!)

もくじ

( 種ケ島さん好きです。リクエストありがとうございました。 / 131006 )