菊地原との出会いの話


「今日任務が終わったらファミレスで親睦会を開きましょう」

そう、風間隊のメンバーに連絡を入れると、ものの数秒で菊地原から「嫌ですけど」と返事が入った。ある意味テンプレートとも言える流れである。
加えて「ていうか一昨日防衛任務の反省会でファミレス行ったばっかでしょ」とも言われてしまって、私はまあその通りだけど、と言わざるを得ない。でも別にファミレスくらい毎日行ったところでどうなるわけでもないのだから付き合ってくれれば良いのにと思うけれど。
さて、そんなやり取りをスマホの画面越しにする私と菊地原士郎は、ボーダー入隊時期を同じくする、いわゆる同期というやつだ。だから、彼との付き合いは風間さん達よりもいくらか長いはずなのだけれど、彼は風間さんには多少礼儀正しいし(あくまで多少)、入隊から二年経った今でもこうして彼は相変わらず私に対して辛辣なのが常だった。私だって彼のひとつ年上だと言うのに、申し訳程度という具合で敬称にに先輩」がつくだけ。

「可愛くない奴め」

今日の任務の後、また風間さんがご飯に誘ってくれないなあなんて思いながら、私は三門市のど真ん中にそびえるボーダーの本部へと視線をやった。今日はまだ警報音を聞いていない。一見、常に未知の脅威に晒されている都市とは思えないくらい和やかな午後だ。

「ん、何、風間隊親睦会やんの? 親睦会とか、お前ら隊結成してもう一年は経つじゃん」
「……米屋」

いつ戻って来たのか、数分前に購買に駆け出していった米屋が、パンの袋を開けながら、私のスマホを覗き込んでいた。私は画面を米屋から引き離して、そっぽを向く。

「何年経とうが隊でのコミュニケーションは重要です」
「ほぼ毎日顔合わせてんだろ」
「プラス、食を共にすることでより高い連携が取れるようになる」
「それっぽいこと言ってもどうせまた近くのファミレスっていう」
「……と、思うじゃん?」

米屋の真似をして挑発的に彼を見上げた。何、良いもん食いに行くの? 混ぜろよ、と彼が勝手に前の開いている席に腰を下ろした。

「いや、まあファミレスだけど」
「何なんだよ」

彼の言うように親睦会と言っても、ただ近くのファミレスで夕飯を共にするだけのものだ。真面目な反省会を含めればこれまでに同じことは数え切れない程している。そんな名前ばかりのただのご飯会であることは当然皆理解しているのだ。しかし、要は私はただ皆と夕飯を食べたいだけで、菊地原は、私と夕飯が食べたくないと、そういうことで。

は風間さんと飯食いたいだけなんじゃねーの」
「盗み聞きとはいやらしいな、流石出水。いやらし出水」
「トリガー起動してたら蜂の巣にしてる」
「すかさず米屋をシールドに」
「すんな」

弁当を片手に話に割り込んできた出水もまた、近くから席を引きずってそばに腰を落ち着けた。同じくA級だからか、はたまた別に何か通ずるものがあるのか、私達はいつもこんなふうに一緒にいることが多い。
私が、シールド要員米屋の手刀を避けたとき、スマホが震えた。通知は風間さん達のもので、三人は任務が早く終わればということで親睦会を了承してくれるそうだ。こうなると菊地原を逃すわけには行かない。米屋と出水の白けた視線を受け止めながら、私は嫌がらせ半分で彼に電話をかけ続けていると、終いには着信拒否をされた。なんと、仮にも同じ隊だと言うのに。

「ただでさえ任務で疲れるんだからそれ以外でからんでこないでよ、ってメール来た。つまり、私にはいつも元気な僕を見せたいから今はなるべく寄るなってことかな」
「……怖えよお前のウルトラポジティブ」
「菊地原が不憫になる常人を超えたポジティブ」
「えっ……まさか、これが私のサイド、エフェクト……?」
「俺、のそういうノリが良いとこ嫌いじゃないけどさ」
「ありがとう」

まあ、ウルトラポジティブサイドエフェクトは冗談として、本気で菊地原に嫌われそうなので、私はおとなしくスマホを閉じて、彼らに倣って昼飯をとることにした。任務後にでも、誘ってみれば案外そのままの流れでついてくるかもしれない。

「あ、珍しく弁当」
「いかにも。昨日は非番さんでしたからね。お弁当作る気力が余ってた」

お弁当の包みを机に出すと、二人がそれを覗き込んだ。普段は、任務の疲れでお弁当なんて作る気が湧いてこないものだから、彼らと同様に食堂か、購買で済ませていて、それ故に二人は物珍しげだ。
中身は特性出し巻き卵でござる、と答えると、出水がそれをさくっと攫って行った。あ。「鎌バカでもは一応女子だったか」なんて失礼にも程がある。

「トリガー起動してたら、鎌で出水の胴体を半分こしてた」
「すかさず米屋でシールド」
「だからすんなっつうの……」

米屋は購買で買ったパンはすっかり平らげてしまって、袋をぐしゃぐしゃと丸める。なんだかこのまま米屋まで私のお弁当に手を伸ばしそうだと、彼を伺っていると、「つうかさ、」なんて米屋は今までの会話から調子を変えて口を開いた。彼の視線は、机に置かれた私のスマホにある。

「お前ってさ、菊地原と仲良いんだか悪いんだかわっかんねーよな」

あ、その話に戻るの、とつい出水と顔を見合わせる。出水はアホだから何故私がこちらを向いたのか疎通は、恐らくちっとも取れていなかったのだろうけれど。

「私は菊地原のことは好きだよ、とても」
「あっ、そういやと菊地原って同期?」
「まあね。ボーダーの中じゃ、一番一緒にいる自信ある」
「へえ」

米屋に続いた出水の言葉に私は一度だけしっかりと頷いた。
菊地原は敵を作るような口の利き方をよくする捻くれ者だから、彼らのように、私と彼との仲について問うてくる人は今までにも何人かいた。
しかし、たとえどんなに生意気で、年上の私に渋々敬語を使うのがばればれなくらい敬意のかけらすら無かったとしても、彼を家族のように大事に思っているのは、風間さんを除けばダントツ私だと言い切れるくらいには、菊地原が大事だ。

「確か風間隊に入ったのも菊地原と同時っつってなかったか」
「うん、まあ、厳密には違うけど。ほぼそうだね」
「何で?」
「何で、って、出水……」

ずいぶんざっくりした、乱暴な問い方じゃあないか、と思った。多分、その中には色んな方を向くたくさんの疑問が入っていて、それ全部ひっくるめての「何で」だ。だけど余計なことをあれこれ付け加えるよりもうんと的確な表現にも思える。私は小さく唸りながら「菊地原がサイドエフェクト持ちだったから、かなあ」と口にした。彼のことや風間隊のことに、たぶん大層な理由はないし、これだということもすぐには思いつかない。でも、もしきっかけがあるするならば全部彼の強化聴覚のような気がする。

「でも、強化聴覚と菊地原がセットじゃなきゃゃ、たぶんこうはなってないな」
「ん、どういうこと?」
「例えば強化聴覚を持つのが米屋なら、私は菊地原と関わるどころか風間隊にすら入ってないってこと」

私はそう答えて、ポケットの中のトリガーをそっと触れた。
私が菊地原士郎という人間をきちんと認識したのはいつ頃だっただろう。ボーダーに入りたての頃は、別に互いに実力がものすごく突出していたわけではなかったから、彼を、そして恐らく彼も私を当然知るわけもなく、私達は一体いつから互いを認識したのか、そこらへんの記憶は曖昧だ。けれど、たぶんランク戦で何度か戦っているうちに顔を覚えたとか、そんなところなのだと思う。
菊地原士郎は友達の少なそうな奴、私から見た彼の印象はそんなものだった。実際に彼は笑わないし、積極的に人と関わろうとしなかった。人が嫌いなのだろうと思った。それなら何故ボーダーに入ったのかとも考えたことはあったが、私にはとにかく上にあがる目的があったし、ランク戦以外で彼にわざわざ関わるつもりもなかったから、正直、どうでも良かった。
そんな私が菊地原士郎という人間を意識し始めたのは彼がサイドエフェクト持ちであるとまことしやかに噂が立ち始めてからだ。

「しょぼいサイドエフェクト」

入隊からひと月ほど経って、C級隊員の浮つきが落ち着き始めた頃。誰かがそう言ったのを聞いた。誰もそれを否定はしなかった。
確かに、未来が予知できるとか、感情受信体質とか言うサイドエフェクトと比べたら、菊地原のサイドエフェクトは私にもいくぶんも力の弱そうなサイドエフェクトに思えて、「へえ、耳が良いのもサイドエフェクトなんだ」くらいに感じていたと思う。羨ましくもなんともない。
また、菊地原は、もともと敵を作りやすい性格だったことも状況に拍車をかけて、この噂を皮切りに彼の陰口がちらほらと聞こえるようになった。もちろん前にも増して彼は浮いたのは言うまでもないだろう。
ラウンジにいる少し丸まった菊地原の背中は、いつもどこか居心地が悪そうで、また、寂しげでもあった。
だけど??
私はどういうわけか、その姿を見たとき、ようやく彼に興味を持ったのだ。

「サイドエフェクトがあるって本当ですか」

気付いたら声を掛けていた。それでも、これまでにそうやって声を掛けられて馬鹿にされたことがあるのか、彼はまるで私の声など聞こえないと言うように、ぼんやり時計を見上げたまま、動かなかった。なんとなくこうなることは予想していたけれど。

「おーい」
「……」
「菊地原ー」

いくら呼んでも彼はだんまりを決め込んだ。たぶん、このまま声を掛け続けても結果は変わらないだろう。私は勝手に彼の隣に腰を下ろして、「ランク戦やる?」なんて適当な話題を振ると彼はようやくこちらを向いた。

「一体何なの、お前」
「いや、なんとなく菊地原に興味を持ってさ。仲良くしようぜ」
「……はあ?」
「あと噂が本当なのかも気になってた」
「……サイドエフェクトのことだろ」
「そう。本当に耳が良いの?」

がこん、と彼の手の中のお茶の缶が自販機の横に置かれた缶捨てに綺麗に吸い込まれていく。菊地原が立ち上がった。

「知りたいなら試してみれば」
「……見せてくれるんすか」
「じゃあ、うんと離れて」

きっと渋ると思っていたのに、やけに素直で、表情だってさっぱりした顔だ。追い払うような手つきが気になったけれど、私は言われた通りに菊地原から数メートル離れる。どれぐらいまで彼の聴覚は有効なんだろう。適当なところで振り返ると、それでもまだ足りないとばかりに彼はもっともっとと私を引き離した。実はサイドエフェクトの凄さをとっても自慢したかったのか、菊地原、と私はずんずん彼と距離を取るように廊下を進んでいく。ストップの声は一向にかからず、というか、それが聞こえたら私こそ強化聴覚だわ、と心の中でツッコミを入れながら彼を振り返ったとき、そこに彼の姿はなかった。ぽかん、と私はその場に惚ける。……あれ。あれ、……まさか!

「謀られた……!?」

アアア……、と頭を抱えてしゃがみこむ。
どうりで素直に私の話を聞いているわけだ。それに、見せてくれるの? の問いに、肯定が返らなかったことも、思えば不自然だ。
まだ私、名乗ってすらいなかったのに。できればランク戦に付き合ってもらいたかったが、それはあまりに高望みだったらしい。それから、どうやら私が菊地原に接触を図ろうとしている場面が物珍しかったようで、ラウンジにいたC級に遠巻きに観察されていたことにも気づいた。菊地原にしてみれば、それすら不愉快だったのかもしれない。しようがない、か。

何してんの」
「……え、ああ、訓練お疲れ」
「おう」

仲良くなるまではもう少し声をかける場所を考えるべきかと思案していると、訓練室の方から、訓練を終えたらしいスナイパー志望の友人が顔を見せた。私は頭をかく。ついでに眉尻も下がっていたと思う。

「実は、たった今ある人物にラブコールしようとして逃げられたんだ、慰めて」
「はあ、誰」
「菊地原士郎」
「はあああ?」

あんな奴に、と彼女が言った。私もそれを予想していただけに、菊地原に少々悪い気がした。

「せめて私の名前と、菊地原と友達になりたいってことだけ伝えたかったな」
「やめなよあんな根暗」
「良くないよそう言い方」
「だって、」
「菊地原はたぶん一緒にいたら楽しいと思うよ」
「どこが」
「だって雪合戦に誘ったら文句言いながら付き合ってくれそうじゃん?」
「めちゃくちゃ謎なんですけど。……ていうか、あんたいきなりどうしたのさ。この間までは菊地原なんて噂聞いても眼中になかったのに」
「ははは何でだろうね」

確かに、彼女の言うように、私は菊地原のことを頭の片隅にだって置いていなかった。けれど、もしかして菊地原は一人でいるとき、少しでも寂しかったり、悲しかったり、そんなふうに感じていたのかなと、??彼は全力で否定しそうだけれど??彼の背中に考えてしまったから、私は彼に構いたくなった。彼を素っ気なくしているのは、私達の所為なのかななんて。それに、彼の横にいたらなんやかんやと気を遣わなくても良さそうだ。私にも気遣いは無用だし、彼もそうやって素でぶつかってくれたら、きっと気楽で楽しくなるんじゃないかと思う。まあ、これは、ただの私の理想だけれど。

「ていうか、この後どうすんの」
「ああ、とりあえずランク戦行こうかなって思ってる。早く点稼ぎたいし」
「頑張るねえ。私はちょっと休むわ。目疲れた……」
「りょーかい」
「いってらっしゃい」
「おー」

菊地原の話は飽きてしまったのか、もう彼女は話を続ける気はないようだった。
それにスナイパーの訓練なんてやったことがないからわからないけれど、ずっと集中して遠くの一点を狙い続けていたらきっと本当に疲れるのだろう。彼女は、自販機で買った缶を目元に当てながら、ひらひらと私へ手を振ったので、それに小さく笑って、ランク戦のブースへ向かうことにした。
それにしても菊地原は一体どこへ消えたのだろう。私がそんなことを考えながら、曲がり角に差し掛かったときだ。曲がった先に、壁に背を預けている菊地原の姿があったのだ。

「ウワァ、」
「……」
「何だよ、てっきりどっかに逃げちゃったのかと……ここに隠れてたのか」
「……」
「……菊地原」
「……」
「……あの、聞こえてる?」

彼は私を待っていたのだろうか、と思った。だって、ランク戦をしようと声をかけた私がこちらに来ることは予想できたはずだ。逃げるつもりならここにいるはずはない。けれど、彼はどこかムッとした顔で、いや、むしろ体裁が悪そうな、そんな素振りで視線だけで私を捉えていた。

「ちゃんと聞こえてるよ、『』」
「え、あれ名前、なんで」
「なんでって、今更何言ってんの?」
「……あっ、これがサイドエフェクトの本気か。すげえ」

ラウンジから、この曲がり角まで、ずいぶんと離れているにも関わらず、彼には私達の会話が聞こえていたようだ。すごいなあ、と素直に驚く。

「本当だったんだね」
「……お前、頭可笑しいんじゃないの」
「え?」
「僕、雪合戦とか頭下げられても絶対しないよ」
「……あー、」

なるほど。どうやら、私が思っている以上に、菊地原は最初から最後まで話をまるっと聞いていたらしい。彼は一見、私の発言に腹を立てているみたいだったけれど、彼の言葉には先ほどより幾分も棘がなく聞こえる。
まるで、そう、

「菊地原、満更でもなさそう」
「は、何言ってんの」
「友達、なる?」
「……っなるわけないだろ、あっち行けよ」
「えー」

彼の頬が微かに赤くなったのがわかった。もしかして、照れているのだろうか。やはり、見た目より人と関わるのが大嫌い、というわけではなさそうだ。

「……んー、じゃあ代わりにランク戦、やろう」

これでも譲歩したつもりだったのだけれど、彼は何も答えなかった。それでも、今度は拒絶する言葉はない。だから私はそれを勝手に肯定と解釈して、「10本勝負ね!」と彼の背を叩くと、ランク戦のブースへ駆け出した。

今思うと、それが私と菊地原の繋がりが生まれた瞬間ってやつだ。きっと。

******
「ところで菊地原、何年生? 中3?」
「中2だけど」
「私より一つ下だ」
「あっそ」
先輩って呼んで良いよ、菊地原」
「……」
「聞こえてる?」
「聞こえてるよ、先輩」
「あれ?」


菊地原との出会いの話 終


本部

一気に更新していたら何か番号振り間違えたので、タブの記述がおかしくても気にしないでください…
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