入隊式の話


冬の空は遠い。吹き抜ける風は冷たく、私は口元まで見えなくなるほどマフラーをぐるぐる巻きつけて、ボーダー本部までの道を小走りで進んでいた。静かな朝だ。
さて、私は、ネイバーに家を壊されたり、何らかの事情で自宅に住めないようなボーダー隊員のために用意されている寮を借りて、そこで生活している人間の一人だ。寮を出るとき、何人かの隊員と顔を合わせたが、今日は殆どの隊員が非番らしかった。もちろん私もだったけれど、基地へ向かうのは風間さんと、というより風間隊のメンバーとの約束があるからだ。
数分前に辿り着いた基地の中は、案の定どことなく落ち着きのない空気に包まれている。
一月八日。本日はボーダー新入隊員の入隊式だった。

さん、おはようございます」
「おはようございます、ご苦労様です」

隊員や支援組が廊下をあちこち走り回っている様子は昨日からよく見かけていた。忙しいだろうに律儀に挨拶なんて寄越すので、荷物運びくらいはと手伝いをしたり、ちょっかいをかけたりしながら、私は入隊式が執り行われているホールへちゃっかり寄り道する。今年も、新入隊員の指導は嵐山隊に一任されているらしかった。彼らに休みはあるのだろうか。
私はホールから漏れる忍田本部長の声を聞きながら、まだ少し約束の時間に余裕があるため、のんびり風間隊の作戦室へ向かっていると、ふいに誰かにマフラーを強く後ろに引かれた。
「ぐえっ」なんてみっともない声を上げる。

「よう
「……あ、影浦先輩じゃんすか。引き止めるならもっと優しく引き止めてくださいよ。これでも乙女なんですから」
「大鎌振り回す奴が女子ぶってんじゃねーよバーカ」
「いつもより台詞に鋭さがありますね。機嫌悪いんですか」
「昨日から基地内が何でか騒がしくてイラついてんだよ」
「何でかって……今日新入隊員の入隊式ですよ、知らないんですか」
「ああ? 興味ねーよんなもん」
「左様で」

隠すそぶりもなく、入隊式うざってえ、なんて影浦先輩は舌打ちをした。別に勝手にやってるだけなんだから気にしなければ良いのに、と思うのだけれど、感情受信体質の彼からすれば、人が多いことは苛立ちの原因の一つなのだろう。それにも関わらず、今日に限って影浦隊は午後から防衛任務があるらしく、朝から本部に出向いていたそうだから、運が悪いと言うか何と言うか。

「ジュースでも奢りましょうか」
「そうだな、さっさと買ってこい」

奢る、と言ったつもりだったのだけれど、影浦先輩は私の手に小銭を押し付けてそばの自販機を顎でしゃくったので、私は彼に背を向けてから小さく笑った。多分、影浦先輩にはバレているだろうけど。
外は寒かったので、ポタージュを二つ買った。影浦先輩はずっと基地にいたけれど、基地は温度管理がされていると言っても、廊下はちょっと寒いから、先輩もあったかい物を飲んだほうが良い。まあ、正直、影浦先輩はポタージュなんて飲みそうにないから、こんなもん買ってくんじゃねえとか文句を言われることも考えたけれど、予想外にも彼はそれを黙って受け取ったのだ。

「あ、飲むんですね」
「はあ? そのために買ったんだろうが」
「まあ、そうなんですけど。はは、私影浦先輩のそういうとこすごい好きですよ。先輩には『通じてる』と思いますけど」
「お前に好かれてもちっとも嬉しくねーよ」
「またまたぁ、……あづッ」

ポタージュの缶を冷たい頬に押し付けられて、私は小さく悲鳴を上げた。ボーダーには素直じゃない人がたくさんいる。それでも私は皆大好きだし、渋い顔をされてもそれを惜しみなく伝えていくつもりだけれど。そのほうがきっと私の「ため」になる。

「つうか、今お前暇だろ、ちょっと付き合えよ。模擬戦やりにいくぞ」
「え、いや、この後私予定あるんですよ」
「知らねーよ。俺はイライラしてんだ、一回ぶった斬らせろ」
「風間さんとの約束なんで、いくら先輩の頼みと言えど無理ですね。つうか物騒。いや、ぶった斬るの私も好きですけど」

腕の時計を確認すると風間さん達との約束まであと十五分、といったところだった。今から一戦交えるのは少々時間が厳しい。なんせ相手は影浦先輩だから、一筋縄ではいかないだろう。

「お前『師匠』の言うことが聞けねえのかよ」
「あ、きったな。普段は師匠って呼ぶと怒るのにこういうときばっかり師匠面して」
「オラ来い」
「嫌ですって! あ、明日! 明日なら付き合いますから師匠!」
「師匠って呼ぶんじゃねえぶっ殺すぞ」
「エエエナットクデキナーイ」

さて、影浦先輩は私がB級に上がりたての頃に私のアタッカー指導をしてくれた私の師匠である。と言っても、師匠らしいことなんて、殆どしてくれたことはないし、頭を下げて頼み込んだときは弟子とかだりぃなんて言ってしばらく取り合ってもくなかったけど。私があまりにしつこくて首をはねられたこともある。最初は最高に怖かったけど、私は彼の豪快な戦い方に惚れていた。トリオン体なのに、本当に殺されるんじゃないかと思うほどの気迫とか。まあ、その話は長くなるので追々することにする。
影浦先輩は、マフラーを捕まえようとしたのか、こちらに伸ばしたその手から私は逃れるために、後ろに飛んだ。どうやら、先輩は相当鬱憤が溜まっているらしい。本当に私を一回ぶった斬るつもりだ。……しようがない。

「トリガー起動! グラスホッパー!」
「あ!? オイコラ!」
「さよーならッ」

ビョン、と私はグラスホッパーの勢いに任せて、廊下をまっすぐ飛んだ。基地の廊下で、しかも戦闘とは全く関係のない場面でトリガーを使ったのはこれで二回目だ。一回目は今よりもだいぶ取り乱していたし、ある事情で鎌を振り回して部屋を一つ壊しかけたので、めちゃくちゃ怒られたけれど。後ろで影浦先輩の怒鳴り声がしたが、聞こえないフリをして私はそのまま風間隊の作戦室へ急いだ。先輩には明日改めて謝りに行こう。
それから私は無事、風間隊の作戦室に辿り着くと、既に中のソファでごろごろしていた菊地原に、「何でトリガー起動してんの」と怪訝な顔をされて、慌てて換装を解いたのだった。

さて、今日私達が集まったのは、入隊した新入隊員を見に行くためだった。例のネイバーである。元々は、風間さんが一人で行くつもりだったそうなのだけれど、その話を菊地原に零したところ、暇だから自分も行きますと言って、彼が私と歌川にも声をかけたわけだ。ちなみに言うと、ネイバーにはもちろん興味があったが、私は一度会ったことがあるし、どちらかと言えば風間さんについてきた方が大きい。
全員が揃ってから、私達はアタッカー用の訓練室へ向かった。どうやら入隊式は終わっていたようだ。既にそこではアタッカー用のオリエンテーションが行なわれていて、空閑遊真が仮想モードでバムスターを0.6秒で倒したところを私達はちょうど目の当たりにしたのである。ぬるくなったポタージュを喉に流し込みながら、私はふうん、と声を漏らす。

「あれが迅の後輩……。なるほど、確かに使えそうな奴だ」
「そうですか? 誰だって慣れればあのくらい」
「そりゃ慣れればそうなるだろうけど、すごいじゃん」
「……ていうか先輩、頭に缶載せるのやめてください」
「ごめん、つい」

へら、と笑って、私がそばのゴミ箱へ缶を投げ入れる横で、歌川が素人の動きじゃないですね、と呟いた。確かにそうだな。小耳に挟んだところだと、遊真はあっちの世界では常に戦争に駆り出されていたとかいなかったとか。
戦争かあ。想像できないや、と思う。私達は常にネイバーに命を脅かされているけれど、きっとこれは本物の戦争とは、少し違う。いや、本物の戦争だったとしても、きちんと分かっている人間は少ないだろう。大体は楽しんでいる。私もだ。危険が隣り合わせの筈なのに、夜は当たり前に寝る。寝坊もする。学校も行く。あんまり命がかかっている感じはしない。
だけど、彼は本物の戦争というやつを、ずっと経験していたのだろうか。ぼんやり遊真を見つめていると、私はふと彼の技術に沸いたC級の端で、木虎と三雲君と、それから烏丸が一緒にいるのに気づいた。三雲君は遊真の付き添いだろうか。

「何ていうか、ネイバーはともかくとして、今期の奴らパッとしないね」

菊地原が言った。早速飽きているのだろう。もういいでしょ、帰りましょうとな言いかねない。

「いや、私達も似たようなもんだったよ。ねえ歌川」
「まあ、自分達じゃちょっと分からないですけど」
「ああ、先輩はこんなもんだったかもね」
「は、おめーもな」
「……また始まった」

手すりに腕を乗せていた菊地原が、視線だけ私の方を見て挑発的に言うので、負けじと私は言い返した。歌川は肩をすくめているけれど、こんなことはいつものことなので、特に黙ろうとも思わなかった。そもそも、私も菊地原も、本気で喧嘩をしているわけではなく、これが私達の間の真っ当なコミュニケーションだった。歌川もそれをよく分かっているし、風間さんだって、今となってはヒートアップしない限りは大体黙って見守っている。

「ていうか菊地原の名前とか、私入ってからしばらく知らなかったし」
「あ、そうなんですか。俺てっきり初めから友達なんだと思ってましたけど」
「んなわけないだろ」
「まあ、初めからではないよ」

あれは、菊地原のサイドエフェクトの噂が、C級隊員の中で噂され始めてからだ。それまでは、菊地原のことは、眼中にすらなかった。瞼を閉じると、ラウンジの隅でいつも一人でぼんやり座っていた菊地原の姿が浮かんで、私はそっと息を吐いた。

「色々あったんだよ」
「何綺麗にまとめようとしてんの。先輩が一方的に絡んで来たんでしょ。いい迷惑だったんだけど」
「とか言いながら私が熱出して基地にしばらく来なかったとき、私の友達に、どうして私がいないのか遠回しに聞いてたんでしょ。知ってるんだからな」
「ついにボーダーを辞めたのかと思って嬉しくて確認してただけだから」
「かあー、生意気」
「今の話を聞いて前からこうだったのはよく分かりました」

今期の新入隊員の話からすっかりいつもと変わらぬ雑談に流れ込んでいた。菊地原と話すとこうなる。喧嘩になるのだ。私は彼の頭の上に顎を乗せて訓練室に視線を戻した。菊地原は疲れたのかもはや何も言わなかった。

「ていうかいつの間にか風間さんが私の隣からいなくなってる件」
「風間さんならあそこ」
「なんと、空閑遊真と接触している、だと」

風間さんたらすぐいなくなるんだから、とかいう冗談はさておき、一体何でまたあんなところに、と思ったら、どうやら風間さんは三雲君に模擬戦を持ちかけたらしい。あれ、三雲君って強いイメージ(あくまでイメージ)がなかったけれど、風間さんが試合を持ちかけるくらいだから、遊真と同じくなかなかやりおる奴なのだろうか。

「いや、実力が分からないから模擬戦するんじゃないですか?」
「あー、実力のある遊真が隊長って認めてるくらいだし?」
「迅さんが風刃を手放しても惜しくないくらいの隊みたいだしね」

どう見ても超弱そうだけど、と菊地原は付け加えて、鼻で笑った。私は、見た目ならお前もなかなかか弱そうだよと思っだけど、彼も男の子だし、それは流石に傷つく気がしたので、喉の奥に押し込んだ。それに、私も三雲君に対しては彼と同じことを思ったから。
そうして、風間さんと三雲君の模擬戦が始まるなり、案の定私達の予想はあたることになる。初っ端からカメレオンを繰り出した風間さんは、あっという間に三雲君の伝達系を切断して、勝負は決した。相手にすらならない。

「うわ、よっわ……」
「ふっつーすぎ。光るものがないよね。何で風間さん、あんな奴に絡んでんだろ」

正直よくB級に上がれたな、と思ってしまうくらい三雲君は弱かった。それから20戦近く、風間さんは三雲君の相手をしていたけれど、一太刀入れるとか、そんな次元ですらない。というか、私だってあんなに長く試合を付き合って貰ったことがないというのに、ここまで来ると三雲君が羨ましくなってくる。
風間さんも、これ以上続けるのは無駄だと判断したのか、ブースから出てこようとしていたので、私はしめたと思い、そばの階段から、三段飛ばしてブースの方へ駆け出した。

「ちょっと、どこ行くのさ」
「私も風間さんと模擬戦する」

一番下まで降りて行くと、そこにいた木虎や烏丸、遊真がこちらに気がづいて、顔を向けた。

「あ、だ」
先輩、来てたんですね」
「風間さんがいるところにはいるんです」
「相変わらずですね」
「菊地原と歌川もあっちにいるよ」

木虎は、どうも、と軽く頭を下げるだけであまり私と関わりを持とうとはしてこなかった。多分、この間のブラックトリガーの一件から、今日またこうして風間さんが三雲君に絡んでいるので、距離を置かれているのかも。それは別にどうでもいいけど。私はそこで風間さんがブースから出てくるのを待っていたのだけれど、彼が戻ってくる気配はうかがえなかった。あれ。終わったように思われた模擬戦を、どういうわけか、もう一戦交えるようだ。いつの間にか彼らは再び対峙していたのである。

「あれ? 終わったのでは、」
「何か話してたっぽいけど」

何度やっても同じなのに、と、思ったけれど、その試合だけはこれまでとは少し違っていた。
三雲君が低速散弾でカメレオンを封じ、シールドチャージで壁まで押し切る。弱いなりに考えられた彼の作戦に、風間さんが一瞬でも不意を突かれたように見えた。
次の瞬間、レイガストが、壁に押し込まれた風間さんを包み込んだ。三雲君の右手に構えられたアステロイドが放たれる。

「ゼロ距離射撃!?」

爆音と共に、ブースは煙に包まれる。「決まった」と遊真が口元に弧を描いた。
まさか、まさか風間さんが……。
煙が引いてから、三雲君の伝達系が切断されているのが確認できた。それから、風間さんの左腕も。相打ちだった。24勝0敗1引き分け。いち、……ひきわけ。息が止まるかと思った。

「嘘だろ、嘘だ」
「嘘じゃないよ、ほら」

遊真が笑った。私は菊地原達を見上げたけれど、こちからかも彼らの動揺は容易に伺えた。私の中はもちろんだけれど、風間さんは私達の中でも絶対的なリーダーで、隊長で、尊敬できる人で、それなのにB級と相打ちだなんて。地面とくっついてしまったんじゃないかってくらい重くなった足を動かす。視線の先の風間さんは、烏丸と三雲君の話をしている。ブースから出てきた三雲君と、遊真がハイタッチを交わしているのをキッと睨みつけると三雲君が、肩をビクつかせたのが分かった。こんなやつに、こんなやつに!

「ッかああざああまあああさんんんん!!」
「叫ぶな、聞こえている」
「何で、何で、何で!」

烏丸を押しのけて掴みかかる勢いで、風間さんに突進していくと、彼はこの展開を予想していたのか、私の額を押し返しながら、落ち着け、と溜息を零した。これが落ち着いていられますか。後で絶対菊地原にも文句言われますからね!

「何してんですか風間さん!」
「模擬戦だ」
「そういう、はなしじゃ、ない! 引き分けた! 風間さんが、引き分け!!」
「しかし、最後はなかなかいい手だった」
「はいいい」
「ただ、トリオンも身体能力もギリギリだ。素質は感じられなかったが」
「そうです、そうですとも! なのに! 風間さんは!」
「騒いでも仕方がないだろう。目的は果たした。良いから行くぞ」
「風間さんんんん!」

風間さんはすっかり換装を解いてしまって、階段を登りだした。私も模擬戦を頼もうと思ったのに、それすらもままならない。いや、それどころではないのだけれども。数段先を歩く風間さんを下から煮え切らない気持ちで見上げて、それから私はギュルンと三雲君の方に向き直った。息を吸い込む。

「三雲君っ」
「は、はい!」
「相打ちだからって調子に乗らないことだね!」
「……」
「今回みたいなことは二度とないし、風間さんも言ってたけど、君ものすごく弱いから!」
「……弱いのは自覚しています」
「ふん、」

私が舌をべ、と出した瞬間風間さんが私の襟首を掴んで後ろに引いた。ぐえ。このシチュエーションは本日二回目だ。「」と鋭い声が図上に降って、私は口を閉ざした。最近私は風間さんに叱られてばかりだ。

「みっともないから止めろ」
「だって!!」
「置いていくぞ」
「いやあああ風間さんん!」

歩き出した風間さんに、私は慌ててついて行く。後ろの方では、三雲君が「この間と雰囲気が随分違うような……」と零したのに対して、烏丸が「普段は気さくなんだが、風間さんに関することだけは、ああなんだ」と話しているのが聞こえた。そうだよ、風間さんウルトラ好きだわ。
そうして私達が階段を登りきる頃には、そこには菊地原達が私達を迎えに来ていて、歌川はともかく、菊地原は私に負けず劣らず不服そうな顔をしていた。それでも風間さんは素知らぬ顔で、作戦室に帰って行こうとする。もはや彼にとっては慣れたことなのだろう。私達もそれに続いた。
私達の間にはしばらく沈黙が続いた。私も菊地原も、ずっと風間さんの背中を見つめていた。む、と口を尖らせて、とりあえず沈黙を守っているのを気まずく思ったか、歌川がふいに「か……風間さん、」と助けを求めるような声を出す。しかしそこで耐えきれなくなったのか、菊地原がていうか、と唐突に口を開いた。

「あんなのと引き分けちゃ駄目ですよ」

ほんと、その通りである。風間さんはとっても強いのに、どうして引き分けてしまったんだ。
菊地原の台詞に、私は「そうだそうだ」とここぞとばかりに大きく頷いた。

「僕なら100回やって100回勝てる」
「私なら1000回やって1000回勝てます」
「あんなパッとしないメガネ」
「そうだ! あんなパッとしないメガネ!」
「俺は遅い弾で空間埋めるとか、いい手だったと思うが」
「あんなん、誰だって思いつくし! 前に出水だってやってた! ね、菊地原!」
「そうそう。しかもトリオン無限ルールだからできたことでしょ」
「あのトリオンレベルなら、普通にやったら速攻トリオン切れるよ」
「最後の大弾だって、一回フルガードしてから刺し返せば良かったんですよ」

弾丸のように次から次へと不満を零す私達に、ついに風間さんが足を止めた。先程の戦いを思い出しているのか、彼がふ、と微笑むものだから、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。携帯作戦室に置いてきた、写真撮れない、じゃない、そうじゃない。

「そうだな、張り合ってカウンターを狙った俺の負けだ」
「ふあああ何カッコ良く笑ってんですか。私にはそんな顔しないのに、あのB級と私何が違うんですか」
「もう、しっかりしてくださいよ風間さん」
「そうですよ、私の風間さんはそんな人じゃなかったはずだ」
「お前のものになった覚えはない」
「でも風間さんは風間隊皆の物だから皆の意見を尊重して下さい」
「もちろん、皆の意見があるなら聞く」

振り返った風間さんと視線がまっすぐ重なった。あんなに文句を垂れていたにも関わらず、大真面目な顔で見つめ返されてしまったので、勢いが削がれてしまう。とっさに視線を逃して、しばらく私はそわそわと自分の足元を見つめていた。だから、だからですね、風間さん。

「何だ」
「その、だから」
「……」
「私達の風間さんは、勝つこと以外知らなくて良いんです」

ぎゅ、とスカートの裾を掴んで、風間さんの言葉を待つ。しかし、とうとう声が返ることはなく、おもむろに視線を持ち上げた瞬間、三人の頭に順番に軽い手刀が落とされたのである。全然痛くない。し、そもそもこういうことをするときの風間さんは、大体怒っていないときだ。優しく嗜めるときとか、注意をひくときとか。私は、その行動の意味を問う間もなく、それからすぐに彼は踵を返してまた歩き始めてしまったので、私達は顔を見合わせた。

「今の、何でしょう」
「さあ、私にも、さっぱり」
先輩が風間さん怒らせたんじゃないの」
「えええ!?」
「それはないと思いますけど」
「って風間さん、先に行かないで下さいよ!」

せめて、表情くらい見ておけば良かったと思う。
一体風間さんは、何を思ったのだろうか。

入隊式の話 終


本部

( 160821 )