黒トリガー奪取時の話03
ちっとも寒くはないのに、吐いた息だけは白かった。きっと今夜は冷たい夜だ。暑さも寒さも痛みも全部調節されているトリオン体とは不思議な感覚である。 隠れているわけでもないのに、その場にいる全員の息遣いはひそやかだった。ピンと張り詰めた空気が、誰かの駆け出した音で途切れた。 次の瞬間には木虎と時枝のアステロイドが懐に目掛けて飛び込んできていた。私はそれをシールドで防ぎながら、私は右手に力を込めて、鎌の重さをしっかりと掴みとった。嵐山さんの隣で孤月を構えた迅さんの元へ、鎌を逆手に持って下から振り上げる。キィンッと鎌と孤月の刃がぶつかり合う音が夜の空気を震わせた。殊の外、刃を下で受け止められ、地面に押さえつけられるような形になった。 余力があればこの至近距離でハウンドでも(生憎アステロイドもメテオラもセットしていない)ぶっ放してやりたいところだが、一瞬でも力を抜けば押し切られてしまうことは読むまでもなく分かる。 「歌川ッ!」 「了解!」 私が叫ぶと、スコーピオンの両端を刃に変形させた小型のブレードを構えて私の後ろから歌川が地面を蹴り上げた。覇気の入った声とともに、彼はブレードを振り下ろす。しかしそれよりも早く、迅さんは私の腕を蹴り上げて、自分は後ろに飛んだ。バランスが崩れた私のすぐ横では、歌川のスコーピオンの切っ先が掠め、息を飲む。私は鎌を支えに体勢を立て直すなり、歌川を振り返った。 「っぶねーな歌川!」 「すいませ、……っていや、でも今のは迅さんが!」 「っぶねーよ迅さん!」 迅さんはただ微笑みを返しただけだった。 すぐ横では機動力のある風間さんが菊地原とともに木虎と時枝のアステロイドかわしながら、スコーピオンを突き出している。私達はアステロイドの流れ弾を喰らわぬよう、迅さんを追いかけるように前進したとき、後ろから太刀川さんが孤月を抜いた。そのまま二人は刃を何度か弾きあって、鍔迫り合いに流れ込む。この二人のやり取りは相変わらずレベルが高い。入り込んで一緒に刃を交わす気にはならないが、後ろに回り込むチャンスだと思った。私は地面を強く蹴り上げて、回転するように迅さんの背後に降り立った。鎌を大振りする。「させるか!」とすぐそばで嵐山さんの銃口から白い弾丸が飛び出した。咄嗟にシールドを張る。それでも私は爆風に押されて半ば転げるように、太刀川さんの後ろへ押し戻された。 「ダアアアこんな近距離でメテオラとかないっすよ嵐山さん!」 「まだまだ行くぞ」 「――シールドッ!」 迅さんをマークしていたはずが、いつの間にか嵐山さんにマークされていた私は大きく後ろへ下がろうとしたとき、「アステロイド!」と空から声と一緒に星のようにトリオンのキューブが降り注いだ。たちまち視界は煙に覆われる。すたっ、と隣で出水が着地する。 「オオ、良くやった出水!」 「お前は俺の上司か」 「相変わらず出水の弾丸は綺麗だな」 「当たり前だろ。つーか簡単にくたばんなよ、『鎌バカ』!」 キン、と出水がアステロイドを両腕に構えたとき、太刀川さんの旋空孤月が空気もろとも全てを切り裂いた。ズドンと、地面が揺れて家屋が倒壊する。それに合わせてか、迅さんが先程より後ろに大きく飛び上がった。それに木虎と時枝、嵐山さんが続く。 そのまま上がれば当真さん達スナイパー組の射線だ。深追いは止め、簡単に上に頭を出してくれるなあと目で追っていると、嵐山さんはメテオラを地面にぶっ放した。あたりは煙に包まれ、私達は眼を細め悪い視界の中迅さん達を辿る。……なるほど。 「あらら。こりゃ射線通んないわ」 建物を飛び越えて、体勢を立て直すべく下がって行った迅さん達を脇目に、私達は顔を見合わせた。たったこの数分の間に、どっと疲れた気がする。 「四人まとまってるとなかなか殺しきれないな」 「……そうですね」 「しかもまだ迅は風刃を1発も撃っていない」 私達を徹底的に潰すならば、初めから全開で風刃を使ってくると思っていたけれど、そうしないでいるということは、トリオンの温存をしているということなのだろうか。自分で言うのもなんだけれど、出し惜しみするメンツではないとは思うのだが。 屋根から降りた奈良坂が、注意深く辺りを見渡しながら、「嵐山隊のスナイパーはどこだ」と呟いた。確かに、こちらの動きは捕捉されているはずだ。早く見つけたいところである。 あたりはすっかり静まり返り、先程まで乱戦の場になっていたとは思えぬくらいだった。 菊地原は、じりじりとした攻防に嫌気が差したのか、この隙に、玉狛にブラックトリガーを取りに行くべきではないかと提案していた。それを玉狛には小南達がいるだろうし、戦力の分散は良くないと、風間さんが諌める。実は私も菊地原の意見に賛成だったのだが。 「よし、こっちも立て直すぞ」 「迅さんと嵐山隊を分けて担当しますか」 「ああ。米屋達がもう合流するらしいからな」 結局、太刀川さんの指示で、私達風間隊と、太刀川さん、スナイパー3人が迅さん、出水、三輪、米屋は嵐山隊を足止めする係に、私達は振り分けられた。それにしたって、嵐山隊の割り当てが少ないように思うのだけれど。 「ちょっと待ってください」 「ん、どうした菊地原」 「いくらブラックトリガーって言っても迅さん一人に人員割きすぎじゃないですか?」 「菊地原に同意。私、嵐山隊の方に行っても良いですよ」 風間さんが何も言わないので、これでちょうど良い分配なのだろうと納得しようとしたけれど、どうやら菊地原も同じことを考えていたらしい。丁度いいから菊地原に賛同した。それに大口を叩いた私だけれど、さっきの今で、迅さんと戦い辛い気もしている。もちろん、自分の相手が誰であれ手加減する気は少しもないけれど。 太刀川さんの視線が、私が肩に乗せた鎌へと移った。 「つーかお前は接近戦派だろ」 「まあそうですけど、嵐山隊なら旋空もハウンドもあるし何とかなるかなーみたいな。それに近づいちゃえばこっちのもんでしょう」 「いや、お前はこっちのコマだろ。お前、風間隊の割に機動力ないし、あいつらの間合いで戦われたら辛いぞ」 「私機動力なくなんてないです」 「だぁからちゃんと気遣って風間隊にしてはっつったろ」 「すいませんね、鎌が重いんですよ」 「オイ、喧嘩はあとにしろ」 「……すいません」 確かに私の機動力は高くはない。でもそれは、あくまで風間隊の中での話だし、軽いスコーピオンを使っていたときは、菊地原達に負けず劣らずの機動力を発揮していたのだ。風間さんに話を遮られたことを私は少々不服に思いながら、ふんす、と鼻を鳴らした。 そんな中で、私達のやり取りに我関せずだった奈良坂が口を開いたかと思えば「米屋、古寺が間もなく到着します」と通信機に意識をやりながら告げた。全く関係ない。 結局役割はどうするんだ。 「陽介はお前ががいると戦い辛いから来なくて良いそうだ」 「何だと。三輪それは真か」 「……。陽介を擁護すると、戦いづらいとは言っているが、来なくて良いとは言ってなかったぞ」 「……。オイコラ一番私に来てほしくないのはお前だな三輪、何でだよ仲良くしようよ」 「寄るな」 奈良坂の告発により三輪に詰め寄る私は、彼に銃を持つ方の腕で押し退けられて、後ろへふらついた。あっそう。口を尖らせる。彼は初めて会ったときから私にこうだ。一体何故かは知らないけれど、分かるのは、彼はいつも私を彼の視界の中に長くはとどめていないということだ。今だってそう。次の瞬間にはもう私を見ていない。 結局、半ば面倒になったのもあるが、メンツ的に間違いなく連携が取れないことがわかったから、私は迅さん側につくことにした。 それからの展開は早かったように思う。一言で言えばフリーダム当真さんが勝手に三輪達の加勢に馳せ参じて、菊地原がベイルアウトした。首と胴体を真っ二つだ。なかなかエグいことをする。自分でやるぶんには、そういうハッキリした戦いは嫌いじゃないけど、迅さんらしくはなかった。 それと、風刃を出し惜しみしていたのは、どうやら私達をトリオン切れで撤退させるという、なるべく軋轢を生まずに丸く収まる方法でことを運びたかったかららしい。だけど私達にその作戦は甘いだろう。現に風間さんに見破られた。流石である。そこでようやく迅さんの思考が穏便な運びから、私達をぶっ潰す方へシフトしたらしく、風刃を起動したわけだ。 風刃と名前に恥じぬ斬撃の駆け抜けるスピードに、背筋が粟立つ。 「これまともにやって勝ち目ありますかね風間さん……」 「怯むな。、歌川、すぐにステルス戦闘を準備しろ」 「ステルスって……え、私もですか」 「そうだ」 風間さんは迅さんから視線を外さずに早口で答えた。スナイパー組との連携が取りづらくなることも、この際構わないらしい。 風間隊が隠密型であることに対し、忍ばず叩き斬る超接近戦を好み他の三人よりやや機動力の劣る私は、普段囮役や派手に動き回り戦場を掻き回してより風間さん達が忍びやすくする役割を担うことが多い。一応トリガーにカメレオンはセットしてあるものの、結局攻撃するときは姿が見えてしまうし、私自身あまり使用することがなかった。風間さんの命令にワンテンポ遅れてから頷く。そんな最中、迅さんが風刃を素早く振るった。二本の光がこちらに向かって伸びる。ステルスを起動するより、それは早かった。一つは太刀川さんが孤月で受け止め、もう一つは歌川がもろに食らう。彼の左半身に残痕が大きく残り、トリオンが漏れ出しているのが見えて、私は息を飲んだ。一歩でも反応が遅れたら命取りだ。 「……歌川痛い?」 「いや、痛覚はゼロにしてあるんで……」 「でも痛そうだ、ヤバイなこれ」 「あれが風刃の能力だ。斬撃を伝播させ目の届く限りどこにでも攻撃できる」 「どこにでも……」 「チートだな」 ステルスを起動してからは、太刀川さんと迅さんの剣の応酬が始まり、その隙に私達はそばの家屋に飛び移った。見下ろすと、迅さんのブレードから、光の帯がよく見えた。あれが風刃の残弾らしい。残り9発、それだけかわさなければならないのは至難の技ではないだろうか。 二人は、家屋が壊れることは御構い無しにブレードを振った。孤月は軽くはないのに、太刀川さんはよくあれだけ素早く動けるなと思う。そのまま私達は二人を追い、どこかのガレージの中に迅さんが追い込まれたのが見えた。 しかし、次の瞬間には風刃の斬撃は壁を滑り、一回転して太刀川さんの肩へと滑り落ちたのだ。この閉鎖された空間の中では、風刃の刃はどこへ放ってもこちらに返る。追い込まれたのは太刀川さんだった。 「うそ、何あれ」 「風刃にあんな使い方が……」 そのまま助けに入る余裕すらなく次の5発の風刃が太刀川さんを切り裂き、彼は足元に崩れた。残弾が減った頃合いを見計らい、風間さんがガレージに飛び込む。スコーピオンと風刃がぶつかりあった。私と歌川は、風間さんが迅さんを抑えている隙に脇をすり抜け、迅さんを挟撃にする。背中を取った歌川がスコーピオンを振り上げた。 「甘いよ」 迅さんの口元が僅かに弧を描いた。反射的に「歌川待て!」と私が声を張り上げるが早いか、迅さんは風間さんの太刀を受け止めるのと一緒に、斬撃を滑らせた。それは彼の背中に周り、風間さんではなく、歌川の胴体を切り裂く。 「っく、……残り1本です!」 絞り出すような歌川の声だ。しかし、彼が風刃を食らった瞬間、私は頭で考えるよりも先に既に深く踏み込んでいた。肩に預けた鎌の重みが足まで伝わる。 「――っ!」 沈んだ身体に、迅さんは刹那息を呑んだように見えた。あまりに無防備だったが、相打ち覚悟で近すぎるくらいの間合いから、私は鎌の重さの乗った勢いに任せて横から振り切る。 「――ぶった斬る!」 正直に言うと、私は迅悠一に勝ったと思った。 「……っオイオイ、また強くなったな、、」 鎌の動きは迅さんを斬りこむすんでのところで止まっていた。彼の左腕が鎌の柄を掴んでいたのである。鎌の先が彼の腹に少しだけ刺さっていたものの、身体を切断するには到底足りない。それでも、風間さんの太刀を受け止める右腕と、左腕だけでギリギリ鎌を抑える迅さんの表情には険しさがうかがえた。「そのまま押し切れ!」風間さんの声に、私はハッとして両腕にさらに力を込める。しかし私の力が押し切る前に放たれた風刃が空気を割き、鎌はその斬撃に弾かれ、私の右肩を大きく切り裂いた。鎌もろとも腕が飛ぶ。嘘だろ。 身体が壁に叩きつけられ、霞む視界で見たブレードの残弾数に、この瞬間、私ができることは一つだった。あらん限りの声を張り上げる。 「風間さん、0本ッ!」 すかさず風間さんが受け太刀をするように見せかけて、モールクローで迅さんを捕まえた。 「足からブレード……っ、読み逃したか!」 「太刀川!」 ふらつく私は無事だった左手で地面に落ちた鎌を素早く拾い上げる。風間さんの後ろでは、ちょうど太刀川さん孤月を振り抜こうとしていた。風間さんごと斬る気だ。理解した、その瞬間だった。緑の閃光が目の前を走ったことだけは分かり、気づいたときにはベイルアウトしていた。身体がベッドの上を跳ねる。風間隊の作戦室の奥の部屋で、背中でベッドの弾力を受け入れながら私は天井を見上げて静止していた。 奥からお疲れ様です、と三上の柔らかい声がする。え、え、あれ……!? 「わ、私、なんでベイルアウトした……?」 「偶然最後に仕込んであった風刃の斬撃の上にいたんだよ。風間さん達の巻き添え食らった感じ。ちょっと間抜けだよね先輩って」 「……最後に仕込んであった風刃……?」 作戦室の方から、こちらへ顔を出したのは菊地原で、彼はずっとモニターから私達の様子を伺っていたらしい。最後に仕込んであった風刃なんて、そんなのいつ、どこで、どうやって。 てっきり最後まで風刃を使いきらせたつもりでいたのに、迅さんはどこまで読んでいたと言うのだろう。 ……それにしたって、偶然斬撃の上にいたなんて、自分から攻撃をくらいに行った感じだろうか。何それカッコ悪い。 「……そういや歌川はどうなった?」 「ここにいます。先にトリオン漏れでベイルアウトしてました」 「あ、もういたのか気づかなかったわ。お疲れ」 「はい。はは、……すいません」 「何で謝るの」 「……すいません」 どうやらタッチの差で、先に歌川がベイルアウトしたらしい。彼は眉尻を下げてぎこちなく笑っていた。そりゃあ、胴体をぶった切られればベイルアウトして当然なのに彼はあのまま粘るつもりだったのだろうか。謎だ。むしろこんなかっちょ悪いベイルアウトした私こそすいませんである。 私も切断された右腕の感触を確かめながら、そのままベッドの上で瞼を閉じた。風間さん達はどうなっただろう。モニターで確認する気も起きずに、しばらくそうしていると、隣のベッドがばすん、と何かを受け止めた音がした。頭だけそちらを向けると、風間さんもこちらを見た。奥から太刀川さんもベイルアウトしたな、と菊地原と歌川が話しているのが聞こえて、どうやら私達は任務を遂行することはできなかったらしいことを理解する。負けたか。 「お帰りなさい風間さん」 「ああ。……起きないのか」 「起きますよ」 とか言いながら私は起きなかった。 負けたから、というのもあるけど、あまりスカッとしない戦闘だったように思う。身体を起こした風間さんに、あの、と私は口を開いた。 「何だ」 「とりあえず、私もう少し機動力上げようと思うんですけどどうでしょう」 「突然だな」 「太刀川さんに言われたからちょっと気にしてたんですよ。それに負けて実際、風間さんみたいに動けたらきっと今回もっと頑張れたのかもなと」 鎌が重いからとは言え、それが機動力が遅いままでいい理由にはならない。僅かな間の後、「明日なら空いてる」と風間さんが言って、視界の端で彼が身体を起こしたのが見えた。つられて私も勢いよく起き上がる。 「っ、稽古つけてくれるんですか!」 「……。ああ」 視線だけこちらに寄越した風間さんは、ふいに腕で視界を覆うと、小さく息を吐いた。疲れているのだろうか。いや、それはそうか。なんせ遠征直後だし、なかなかハードな任務であったし。大丈夫ですか、と私は問うと、風間さんは、私の額を、殆ど触れるような緩やかな力で叩いた。 「お前の顔を見たら気が抜けただけだ」 「え、さっきまでもずっと見てたじゃないですか」 「戦闘中はほとんど見ていない」 「そうなんですか。私は風間さんばっか見てましたけど」 「……、戦闘に集中しろと毎度も言わせるな」 「ウワア墓穴、すいません」 「ホント馬鹿だよね先輩って」 「菊地原、盗み聞きは良くないぞ」 「先輩の声がでかいんだよ」 菊地原の憎まれ口を聞き流しつつ、三上の元まで戻ると、彼女は改めてお疲れ様です、と私達に微笑んだ。癒された。 「……で、風間さんこの後どうするんですか」 「反省会しますか、しましょう。どこ行きますか、ファミレス?」 「先輩って反省会好きだよね。ああ、丁度良いから風刃の斬撃の上にいた間抜けっぷりでも反省したらどうですか」 「カチーン。一番初めにベイルアウトした菊地原についての反省会にしましょう、風間さん」 「ふふ、仲良いですね」 「はあ、どこをどう見たらそうなるの三上」 三上がそう言って微笑むと、菊地原はあからさまに表情を歪めた。私はそんな彼の肩に腕輪を回して引き寄せると「菊地原は私に構って貰いたいんだよな、うんうん」と彼の頭を撫でる。嫌がられても知らない。 「ああ本当やめて欲しい。あんまり寄らないで下さい先輩」 「大好きって言った? 照れるなあ」 「風間さん、良い加減この人脱隊させませんか」 三輪と言い、菊地原と言い、私とコミュニケーションを取りたがらない奴は多い。他に挙げるとすれば絵馬ユズルあたりだろうか。まあ、ユズルに関しては、まだ菊地原達より素直で扱いやすい。それに、彼はスキンシップが過剰で恥ずかしいだけということなので、嫌われてはいないのだろう。三輪に関しては本当に何とも言えない。私に対する嫌悪感とか、気まずさとか、これ、といった感情が読み取れないのだ。 ちなみに菊地原は正直満更でもないのだと、仲良くなった当初から勝手に思っていた。何だかんだで同じ隊だし、一緒に訓練もするし、廊下を歩いていると向こうから声をかけてくる。相変わらずの憎まれ口だけれど。そういう菊地原が何だか可愛いと思う。 風間さんは、菊地原の言葉には答えずに、ただわさわさと私達の頭を撫でた。私達は顔を見合わせる。風間さんは相変わらず無表情だ。 「ふざけてないで、行くぞ」 「え、反省会ですか」 「反省会は後だ。これから城戸司令のところに行く」 作戦室を出て行こうとする風間さんが、城戸司令の名前を出したので、私はたちまち渋い顔をして見せた。あ、そうか、報告する必要があるのか。 「……怒られないといいですね」 「邪魔をした迅さんが全面的に悪くなるので怒られはしないと思いますが、褒められもしないでしょうね」 「遠征帰還早々、楽しくない展開」 「行くぞ」 「……はーい」 そういうわけで、私達のブラックトリガー奪取作戦は失敗ということで幕を引いたわけだが、どうやらその後迅さんが、自分のブラックトリガーと引き換えに、空閑遊真のボーダー入隊を本部に認めさせたそうだ。 そこまでして、迅さんが空閑遊真をボーダーに入れたかった理由は私には分からなかった。 正直興味もなかったので、別にどうでも良いけれど。 *** 「風間さん、今日は親子丼食べに行きたいです」 「は、先輩、昼も親子丼とか言ってなかった?」 「菊地原、それはそれだよ」 「俺は構いませんよ」 「私も」 「歌川も三上も素直で良い子だわ」 「じゃあ、今日の反省会は親子丼だな」 「やった」 黒トリガー奪取時のお話 終 ( 160821 ) |