ああ、あのさらさらな赤い髪に触ってみたい…! そんな馬鹿みたいな台詞を吐いたのは勿論である。私は思わず充実野菜を噴き出してしまった。昨日の事をまるで見ていたかのようなタイムリーな話題である。しかし彼女の様子的に偶然そう言ったらしいので、私はホッと胸をなでおろして横目で遠くにいる丸井君を伺った。別に、普通の髪だったと思うけど。 ![]() 相変わらずは変である。あんな髪を触ったところで何があると言うのだろう。丸井君に殴られた、いまだに痛む頭を押さえながらの話しに耳を傾ける。彼女は「丸井君の髪に一番に触るのはこの私だ」なんて言っているからもはや私からは苦笑しか出てこなかった。やはり昨日の事は彼女には伏せておいた方が良いだろう。下手に話して恨みを買うのも怖いし、何より丸井君のプライドの問題がある。丸井君はなんとなくカッコつけたがりに見えるし、それにそもそもあんまり殴られたなんて人に話すような事じゃないだろう。 再び丸井君に目を向けると、なぜか彼の隣にいた仁王君とバチリと目があって私は体を震わせた。おうっつ。 彼は私を見つめる目をスッと細めて、それから丸井君の肩を叩く。「何」「見られとる」「は何が?」「ほれ」「え、…あ」彼らのやり取りはまさにそんなふうに見えた。つーか言うなよ。空気読めないな仁王雅治。少しだけ仁王君が嫌いになった。 そうして私は仁王君を睨み付けていると、いきなり目の前に、今まで向こうにいたはずの丸井君が顔を覗かせた。ぎゃあああがたーんどたーん。私が椅子から落ちた音である。厄日だ。 「いつの間に、ていうか何故ここに」 「いや、昨日思いっきり殴っちまったから大丈夫かと」 「ジーザス…!」 「ジーパン?」 ばっかちげえよ。ていうか丸井君空気読めないよ君。確かに昨日は殴られて痛かったよ。痛かったですけども、現在進行形で私に突き刺さるの視線の方が痛いわ。そうして床に座り込んだまま、動けないでいると、丸井君は私を殴った所をそっと撫でた。「大丈夫か?」彼の表情に不覚にも私もときめいたが、周りの女子のざわめきにハッと我に返った。うわあてかの視線が痛い痛い痛い。のせてある彼の手を払い除けると私はよろよろと立ち上がった。 「空気読めない丸井君なんてなあ、」 「お?」 「同じく空気読めない仁王君もろとも真田君に殴られてしまえ!」 「え?」 丸井君を突き飛ばしてから私はに「今が丸井君と仲良くなるチャンスだあぁぁあああ」と耳打ちして、文化部あるまじきスピードで教室を飛び出した。 しばらく走ったところで私は背後を顧みる。どうやら誰も追いかけてこないらしい。は 丸井君と親睦を深める方を取るだろうし、咄嗟に弾き出した逃亡案にしては我ながら良い考えを思い付いたものだと自負していると、不意に誰かが私の前に立ちはだかって、私は顔を上げるとそこにいたのは、何と私が避けていた古典の教師だった。 今日は本当に厄日らしい。 「おお、こんなところで会うなんて運命だなあ」 「ハハハ大袈裟な」 「いや、ここ1ヶ月程お前をずっと探してたんだが、まるで避けられてるが如く見つからないもんだからな」 そら避けてるもんよ。 私の古典の芳しくない成績を見れば補習にお呼ばれするだろう事は誰が見ても一目瞭然だった。だから私はその事態を避けるべく、コイツから逃げ回っていたのだが、たった今それが水の泡になったようだ。 奴のにやつく顔が恨めしい。 「もう先生、諦めようかと思ってたんだが丁度良かった」 「いや諦めましょうよ」 「今日の放課後補習な」 「嫌です」 「プリント後で取りに来いよ」 「聞けし」 もういやだ。私はショックのあまりその場にうずくまると、先公の高笑いが頭上を通りすぎて行く。なんて可哀想な私。そのままどれくらいたったか。ふと誰かの足音が私の目の前で止まって、「あの、大丈夫スかあ」なんて言う聞き覚えのない声が降ってきた。わずかに顔を上げると二学年カラーの上履きに「切原」の文字。「大丈夫じゃないれす」そう答えた私に、「はあ、」なんてぎこちない言葉が返ってきた。 「少年よ、世界はなんて私にエコノミーじゃない。私って可哀想な人だと思わない?」 「まあ、ある意味」 「ていうか古典て必要なくないか」 「…はあ」 「勉強ができないからって補習させるのは理不尽過ぎるよ」 「…」 顔は伏せたまま、饒舌に文句をこぼしていたら急に返事がなくなった。顔を上げると案の定そこには誰もおらず、遠ざかる足音を辿って振り返えれば、切原君らしき少年の背中が見えた。逃げたな少年よ。 「仁王先輩向こうに何か変な人があ」 ママ変な人があ、まるでそんなノリの台詞である。あやつは仁王君の後輩か。そう考えている間もなく向こうにいる仁王君と再び目があった。彼は口許を歪めてニヒルに微笑む。 「本当じゃ、変な人がおる」 おのれ、仁王雅治。 ▼_ 「ジーザス…!」 ⇒おお、神よ…! |